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【小説】ちなみとちさと

1 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 02:28:43 ID:PeR8ZCoxO
はじめまして。
つい最近まで狼で千奈美小説を書いていた小咄と申します。
向こうのスレが落ちたのでこちらで続きを書かせて頂きます。
狼から来た方へ、基本的に保全は必要ありません。
感想を書き込む時はsageでお願いします。
また、くれぐれも狼にログを貼ったりしないで欲しく思います。
せっかくの自スレなので、最初からうpしますね。
では、よろしくお願いします。

2 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 02:32:55 ID:27W7Nt+D0
『ちさと!はやくおいでよ!』
『おい、待てよ、ちなみ! ―――ほら、つかまえた!』
『………』
『ちなみ?』
『―――つかまっちゃった…』
『ちなみ…』
『ちさと、背、伸びたね』
『えっ!?』
『もう、ちなみじゃ背伸びしないと届かないかな?』
『ちなみ…』
「ちさと!いつまで寝てんだよ!!」
『うるさいなぁ。今いいとこなんだからさぁ…』
「何がいいとこだよ!さっさと起きな!!」
「起きるって…うわぁ!!」
目が覚めると、そこには今までいたはずのちなみではなく、仁王立ちの母ちゃんの姿があった。
「あんた、また千奈美ちゃんの夢でも見てたんだろ? あぁ〜、モテない息子を持って
母ちゃん悲しいよ〜」
「っるさいなぁ、わかったから早く行けよ!」
せっかくちなみが夢に出てきていい気分だったのに、朝っぱらから気分は最悪だ…
ってか、やべぇ!もう8時じゃないか!? 新学期早々遅刻じゃ洒落になんないよ!
ただでさえ今日は大事な日だっていうのに…

3 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 02:33:39 ID:27W7Nt+D0
俺の名前は、森下千里。断っておくが、下の名前は「ちさと」ではなく、「せんり」と読む。
といっても、父ちゃんや母ちゃんは、俺のことを「せんり」と呼んだことなど1度だってない。
俺が生まれた時に父ちゃんがよく聴いてた大江千里という歌手からから採った名前だと
父ちゃんは言ってたが、こっちにしてみればいい迷惑だ。
それでも以前はまだよかった。同姓同名の「森下千里」というグラビアアイドルが出てきてからは
マジで最悪になった。病院の待合室なんかでも、「もりしたちさとさーん」と呼ばれて、
みんなの注目を集める中、出て行く時の恥ずかしさといったらない。
中学に入った時も相当冷やかされたが、1度あんまりちょっかい出してきた奴をぶん殴ったら、
それからは誰も言わなくなった。その代わり先生には怒られるし、父ちゃんには殴られるしで、
ホント散々だったんだけど…

4 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 02:34:20 ID:27W7Nt+D0
「ったく母ちゃんの奴、何でもっと早く起こさないんだよ!」
って文句を言いながらダッシュで着替えると、俺はドアも蹴破らんばかりに家を飛び出した。
「あっ。ちさと〜!朝ご飯は〜?」
「いらねぇー!!」
(朝メシなんて食ってる場合かよ!)って思いながら走り出すと、隣りの家からも
「いってきまーす!」という声と共に、威勢よく駆け出してくる1人の女の子の姿が…
「あっ、森下。おはよー!!」
「なんだ、徳永も今か?」
「うん。寝坊しちゃってさぁ〜」
「俺も。母ちゃんの奴、起こしたの8時だぜぇ。」
「プッ。おばさんらしいー」
「てか、マジで遅刻すんぞ。俺、先行くかんな!」
「ちょ…ちょっと、まってよぉ〜! 森下ぁー!!」
そう、こいつが徳永千奈美。俺ん家の隣に住んでて、幼稚園・小学校・中学校とずっと一緒。
たまに偶然時間が合った時は一緒に通学することもあるけど、今日だけはそういう訳には
いかなかった。
何故かって、今日は1学期の始業式…つまり、「クラス替え」の発表の日なのだ!
ちなみとは、中学に入ってからの2年間同じクラスだった。ってか、小学校の時から、違うクラスに
なったことは1度だってない。9年連続で同じクラスになれるか否かは、今日に懸かっていた。
だからといって、同じクラスになって喜ぶ顔や違うクラスになって落ち込む姿を、ちなみに
見られる訳にはいかない。俺は、野球部で鍛えた足で、更にちなみを引き離しにかかった。

5 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 02:39:32 ID:PeR8ZCoxO
「はぁはぁ…森下ひどいよぉ〜!」
ちなみが追いついたのは、俺がクラス替えの掲示板の前に着いてから大分経ってからだった。
「おっ、クラス替え。どれどれ… やったぁ〜!また同じクラスだね!!」
そう言って俺の肩をばしばし叩いてくるちなみ。
「ったく、また学校でもお前と顔合わせなきゃならないのかよ… 腐れ縁って奴だな」
無愛想にそう言い残して、俺は玄関に歩みを進めた。
後ろから「もぉ〜、素直じゃないんだからー!」と、本気か冗談か分からないようなことを
言いながらちなみが追いかけてくるが、しばらく1人にしといてくれ。
今、俺の心の中では、9連覇達成の偉業を成し遂げて歓喜の涙を流しながらパレードの真っ最中なんだ。
こんな顔をちなみに見られる訳にはいかない…

6 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 02:40:23 ID:27W7Nt+D0
「よっ、今日は夫婦揃って登校ですか!? お熱いねぇ〜!!」
教室に入るや否や、ひょうきん者の勇次が大声ではやし立てて、教室中が笑いに包まれた。
勇次は俺が1年の時にぶん殴った奴だ。俺は勇次の胸倉を掴んで、小声でささやいた。
「てめぇ、今度こそマジでぶっとばすぞ!」
「まぁまぁ、よかったじゃねぇか。また千奈美ちゃんと同じクラスになれて」
「―――」
「心配すんなって。俺にまかせとけよ! ―――ねぇ千奈美ちゃーん!」
「あーっ、勇次君も同じクラスなんだー! よろしくねー!」
ちなみは勇次に冷やかされたことなんてなかったかのように、新しいクラスメイトと談笑している。
勇次にちなみのことを言われると、俺は何も言えない…
勇次の父ちゃんは、熱狂的な長渕ファンだ。「勇次」という名前も、長渕の曲名から採ったそうだ。
因みに、勇次の妹の名前は「順子」というらしい…
1年の時ぶん殴った後、勇次からその話を聞かされ、同じ苦労を背負った同士ってゆうか、
奇妙な友情が芽生えて、今では俺の大親友だ。よく俺ん家にも来て、たまにはちなみと3人で
遊んだりもするから、ちなみとも仲がいい。
俺がちなみのことを好きだっていうのも、勇次だけは知っている。それで勇次は恋のキューピットを
買って出てくれてる訳だが、ちなみのことを「千奈美ちゃん」と呼ぶのだけは、未だに納得がいかない。
幼馴染の俺だって「徳永」って呼んでるのに…

7 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 02:40:59 ID:27W7Nt+D0
「おーい、みんなとりあえず空いてる席につけー!」
担任の先生が教室に入ってきた。40歳くらいの、見たこと無い顔だ。多分新任の先生だろう。
てっきり2年の時の担任がそのまま持ち上がるのだろうと思っていたけど。
そんなことより、多分またアレがくるな… 俺はため息をつきながら近くの席に座った。
「よぉーし、出席をとるぞ。先生、みんなと会うのは今日が初めてだから、名前呼ばれたら
手を挙げて返事してくれ」
先生が出席番号順に名前を呼んでいく。ちなみは一際大きい声で「ハーイ!」と返事して、
クラスメイトの笑いを誘っていた。あいつは気楽でいいよな。…そんなことより、そろそろ俺の番だ。
「えー、次は…『もりしたちさと』…同姓同名か? おーい、どの娘だ?」
…やっぱり。教室のあちこちからくすくす笑い声が起こる中で、俺はゆっくりと手を挙げた。
「『せんり』です。『もりした せ・ん・り』!」
「せんせー森下千里のファンなのー!? もしかして巨乳好きー?」
すかさず勇次が突っ込んで、教室中が大爆笑。ったく、やってらんねぇよ…、とふて腐れてると、
前の方の席に座ってるちなみと眼が合った。―――いつもこうだ。俺の顔色を伺うような、ちなみの視線。

8 :ねぇ、名乗って:2008/03/24(月) 02:44:00 ID:u/3NUsvtO
面白くねぇな。。。
お前、文才がないみたいだから、とっととこの糞スレの削除依頼出せよ!

9 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 02:48:44 ID:PeR8ZCoxO
始業式の後のホームルームでは、恒例の学級委員決めと席決めが行われた。
俺は運よく窓際の一番後ろの席という、俺にとっての特等席をゲットすることができた。
隣りがクラス一の巨漢の女子・斉藤ということだけが難点だが、この際仕方が無い。
俺は早速新しい席に着き、大きく伸びをした。窓の外は校庭がよく見渡せて、窓を開けると
風が心地いい。授業中寝るには最高の席だ。
抜けるような青空を目を細めて眺めていると、俺はいきなり誰かに肩を叩かれた。
「よっ!」
驚いて振り返ると、そこには春の暖かい日差しを一杯に受けたちなみの笑顔があった。
「お前、何やってんだよ。お前の席、一番前だろ?」
「それがさぁ、斉藤さんに席替わって欲しいって言われたんだよねー」
「はぁ?」
「斉藤さんさぁ、最近眼が悪いんだって。ここじゃ黒板見えないじゃん。
あたしもあんなトコじゃ授業中寝れないしさ、いわゆる『ウィンウィン』ってやつ?」
ちなみはそう言って、両手でピースサインをした。
―――本当は今すぐにでも斉藤のところへ駆け出していって感謝したい気分だったが、
その気持ちを抑えて俺は顔を背けた。
「そ、そうか… まぁ、偶然にせよ学校でまで隣同士なんて、やってらんねぇよなぁ…」
敢えてそっけない態度で窓の外を眺める。ヤバい… 顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。
すると、ちなみは椅子に腰掛けると消え入るような声でこう呟いた。
「偶然でなくて、必然…」
「えっ!?」
ちなみは今まで見たことのないような切なそうな顔で俯いていたが、俺の視線に気づくと
またいつものような笑顔に戻った。
「あ、歌の歌詞にね、あるのよ。『ネバーフォーゲット』って歌。知ってる?」
「いや…」
「まぁ、これもあんたの言う『腐れ縁』ってやつ? とりあえず、1学期の間よろしくね!」
そう言ってちなみは鼻歌交じりにカバンの中身を机にしまい始めた。
「ああ…」
俺もちなみに倣って道具を片付け始めたが、さっきのちなみの言葉と切ない表情が気になって
仕方がなかった。

10 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 02:54:10 ID:PeR8ZCoxO
俺ん家の夕飯は早い。大抵6時には夕飯が出来てて、部活で遅くなることが多い俺は
みんなが食った後1人で食べることがほとんどだったが、今日は始業式で部活も無かったので
久し振りに家族で食卓を囲んだ。といっても、俺と父ちゃん、母ちゃんの3人だけだが。
「なんだい、また千奈美ちゃんと同じクラスなのかい?」
台所の母ちゃんが味噌汁をよそいながら話しかけてきた。
「…誰に聞いたの?」
「そりゃ当然千奈美ちゃんの母さんからだよ。千奈美ちゃん喜んでたってさ〜」
「…あ、そう」
俺は何食わぬ顔で味噌汁をすすった。思わずにやけそうになるのを堪えながら…
「あんたら、よくよく縁があるんだねぇ〜 いっそのこと、嫁にもらったらどうだい?」
「ブッ!! ゲホゲホッ…」
「そりゃぁいいなぁ。俺らも千奈美ちゃんなら安心して老後を任せられるってもんだ」
父ちゃんまでビール1本で酔っ払って好き勝手なことを言い始めた。人の気も知らないで…
「冗談! あんな売れないアイドルこっちから願い下げだよ!」
「あらぁ、結構売れてるらしいわよ。この前もなんか埼玉のでっかい所でコンサートやったって」
「………」
「それよりお前、今日も言われたか? 『ちさと』って」
「ああ…」
「なんだ、お前そんなに自分の名前が嫌いか? いい名前じゃないか。『千里の道も一歩から』ってな!」
「あら、父ちゃんいいこと言うじゃないか!」
母ちゃんがすかさず合いの手を入れて、2人で大笑いし始めた。…この馬鹿夫婦が!

11 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 02:54:49 ID:27W7Nt+D0
俺は2人の顔をきっと睨みつけた。父ちゃんも母ちゃんも気づいてないだろうが、俺は知ってるんだ。
親戚のオバサンに訊いたんだが、信じられないけど俺は生まれてしばらくは女だったらしい。
つまり、その、なんだ、ナニが生まれた時には無かったというのだ。
かねがね女の子が欲しいと言っていた父ちゃんは大喜びで、当時好きだったアイドルの
「森高千里」の名前を採って「千里(ちさと)」と命名した。すると、1週間くらいしてから、
ナニがにょきにょきと生えてきたというのだ。先生に調べてもらった結果、やっぱり男だったと
いうことが判明したのだが、もう出生届は出された後。面倒くさがりの父ちゃんは、名前を
「千里(せんり)」と読むことでみんなを無理矢理納得させ、性別のみを変更したという訳だ。
男の名前を考えるのが面倒くさかったという理由だけで、へんてこな名前をつけられた
俺の気持ちなんてこいつらには一生かかっても解らないだろう。俺は夕飯を食べ終わると、
さっさと2階へ上がった。

12 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 02:56:00 ID:27W7Nt+D0
倒れこむようにベッドに横になった俺は、今日あったことを考えていた。そう、ちなみのこと。
ちなみの意味深な言葉も気になってはいたが、今はあの時の視線が頭から離れなかった。
子どもの頃、ちなみは俺のことを「ちさと」と呼んでいた。俺のことを「ちさと」と呼んでいいのは、
父ちゃん、母ちゃん、そしてちなみの3人だけだった。この3人は俺にとって特別な存在だった。
小学校4年の時、ちなみはアイドルになった。休みのたびに一緒に遊んだり、家族で出かけたり
していた俺達の生活は、その頃から一変した。ちなみはレッスンやイベント等で休みはほとんど
家にいなくなり、俺達の間に少しづつ溝が生まれ始めた。
中学に入った頃から、ちなみは俺のことを「森下」と呼ぶようになった。
初めて「森下」と呼ばれた日のことは、今でもはっきり憶えている。
いつものようにちなみを迎えにいった朝。いつもなら、朝っぱらからハイテンションで
「ちさとおはよ〜!!」って駆け出してくるのに、その日は俺と目を合わせようとせず、
小さな声でこう言ったんだ。
「…おはよう。森下」
ちなみはそのまま俺を無視するかのように1人で歩き始めた。

13 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 02:56:49 ID:27W7Nt+D0
一瞬呆気にとられてた俺だが、すぐにちなみの後を追った。
「待てよ!おい!! ―――待てってば!! 何だよ、『森下』って!?」
ちなみの肩を掴んで強引に振り向かせると、ちなみの顔は真っ赤だった。俺をきっと睨んだ瞳は
涙でうるんでいて、俺に…いや、もしかしたら自分自身に怒りをぶつけているようだった。
「何でよ。何で『森下』じゃいけないの? あたし達もう中学生だよ? 子どもじゃないんだよ!?」
俺はそれ以上何も言えなかった。ちなみは俺の手を振りほどくと、1人で学校へ歩いていった。
(なんでだよ… なんでこうなるんだよ! 子どものままじゃいけないのかよ!!)
小さくなっていくちなみの背中を見つめながら、俺は心の中で何度も叫んだ。
自然と、涙が零れ落ちた。
次の日から、俺もちなみを「徳永」と呼び始めた。
ちなみは何も言わなかった。
「ちなみ」と「ちさと」から、「徳永」と「森下」へ。
2人の呼び名の変化は、そのまま俺達の関係の変化を表していた。
もう子どものままじゃいられない。そのことを横っ面を張り倒されるように思い知らされる。
その頃からだ。俺が誰かに「ちさと」と呼ばれる度に、ちなみはあの視線を俺に向ける。
上目遣いで俺の顔色を伺うような、あの視線を。


14 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 03:01:36 ID:PeR8ZCoxO
ゴールデンウィークが明けた。
ちなみはGWの間中コンサートで地方へ行っていて、俺はちなみに逢えないもどかしさを
部活にぶつけるしかなく、悶々とした日々を送っていた。
久し振りにちなみに逢える今日、俺は高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、ちなみの家のドアをノックした。
「ハイハーイ! おっ、森下! おっはよー!!」
いつものちなみの笑顔がそこにはあった。…いかん、緊張で顔が引きつっている。
「ったく、まだ準備できてねぇのかよ。さっさと行くぞ!」
意識すればする程ぶっきらぼうな態度をとってしまうのは、俺の悪い癖だ。
だからといって、ストレートに感情を出してしまうのが怖い。
ちなみに俺の気持ちを知られて、今の関係が悪くなるのだけは避けたい…
「あー森下ちょっと待って! ―――よーし、いってきまーす! 森下おまたせー!」
「遅えんだよ!遅刻すんぞ!」
「ゴメンゴメン。昨日までコンサートで地方だったからさぁ…
 あのねあのね、大阪ではね、お客さんがアンコールで…」
ちなみは、昨日までのコンサートの余韻をまだ引きずっているようで、
ライブの様子やメンバーとの会話の内容などを、異常なハイテンションでしゃべり続けた。
…俺はちなみが仕事の話をするのが好きではない。
芸能人と一般人。全く違う世界の人間だと思い知らされているような気がするからだ。
ちなみとは、もっと別の話がしたいのに…
しかし、ちなみはそんな俺の気持ちなど知る由も無く、楽しそうに話し続けている。
俺はどんどん不機嫌になっていった。

15 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 03:02:38 ID:27W7Nt+D0
「…でね、熊井ちゃんがホントは下手に行かないといけなかったんだけどー
あっ、下手ってわかる? ステージではねぇ、『かみて』と『しもて』ってあって…」
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「あのさぁ!」
「…えっ?」
「俺、そういう話、興味ないんだよね。
てゆうか、お前がアイドルやってることなんて、どうだっていいし」
「………」
「俺の前で、2度と仕事の話すんなよな」
「…ゴメン」
それからの道のりを、俺達はひたすら無言で歩き続けた。
今朝あんなに笑顔だったちなみは、今はまるで葬式にでも行くような顔で俺の少し後ろをついてくる。
ちなみから笑顔を奪ったのは俺だ。
だからといって、自分の過ちを素直に認められるほど俺は大人ではなかった。
―――俺は、最低だ…

16 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 03:05:57 ID:PeR8ZCoxO
学校に着いたちなみは、いつものように友達と喋ったりおどけたりして、一見普段通りに
しているようだったが、俺とは下校時間まで一言も会話を交わそうとはしなかった。
「おい、どうしたんだよ。千奈美ちゃん」
さすがに勇次はちなみの態度に気づいたらしい。俺の首根っこをまえて問い詰めてきた。
「…今朝、ひどいこと言っちまった」
「はぁ!? 馬鹿かお前は! 久しぶりに会えたのに、何やってんだよ!
部活中も千奈美ちゃんに逢えないストレスをみんなにぶつけてたくせに!
お陰で俺ぁ散々だったんだぜぇ…」
俺も勇次も野球部だ。今年からキャプテンになった俺は、ちなみに逢えない寂しさを紛らす為に、
GW中は超ハードな練習スケジュールを組んだ。しかも、後輩達には鬼のようなしごきを加えた。
勇次は、そんな部員達の愚痴や不満を、一手に引き受けてくれていたのだ。

17 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 03:08:44 ID:PeR8ZCoxO
「とりあえず、お前千奈美ちゃんに謝れ! 謝って、―――そうだ、何か奢れ!
甘いものとか。女は甘いものに弱いぞ!」
どこで仕入れた情報だよ… どうせ雑誌とかだろうが、他に名案もなかったので、
勇次の考えに従うことにした。
ちなみは今、クラスの女子と喋っている。そのうちカバンを取りに席に戻ってくるはずだ。
早く戻ってきて欲しいような、ずっと喋っていて欲しいような、複雑な心境で待つ。
勇次は、自分の席から俺達の様子を固唾を呑んで見守っている。
「じゃあね、また明日〜」 「バイバ〜イ!」
ちなみが手を振って友達と別れて、こっちへ歩いてきた。
心臓が口から飛び出しそうだ…

18 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 03:11:56 ID:27W7Nt+D0
「あ、あの… 徳永?」
「………」
俺が話しかけても、ちなみは全く無視を決め込んでいる。
「あの、えーっと… け、今朝はゴメン…」
「………」
「あんなこと言うつもり無かったんだよ。許してくれ! この通り!!」
俺は両手で拝んで頭を下げた。しかし、ちなみは相変わらず無反応だ。
「よかったらさぁ、今から何か食いに行くか? 俺、今日部活ないから…
そう、俺奢るし! なっ?」
「………」
「…徳永?」
「…あたし、今日約束あるから」
ちなみはそれだけ言い残すと、カバンを持って教室から出て行った。
「あ〜あ、最悪だな、千里。こりゃあ千奈美ちゃん相当怒ってんぞ〜」
駆け寄ってきた勇次は、そう言いながら俺の頭を何度も小突いた。
俺は、そんな勇次のされるがままで、ちなみを見送ることしか出来なかった。

19 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 03:48:49 ID:27W7Nt+D0
極度の緊張から開放されたのと、ちなみとの仲直りに失敗したので、どっと疲れが押し寄せてきた。
今日は帰って寝よう… そう思って教室を出ようとした時だった。
野球部の後輩が教室にやってきた。
「あっ、キャプテン。ハリセンが呼んでます」
ハリセンとは、野球部の顧問の先生だ。自称「鬼の数学教師」。
授業中いつもハリセンを持ち歩いていて、答えを間違うとハリセンで殴られる。
今のご時勢、「暴力教師」などと言われかねないのだが、持ち前の関西弁で父兄を手玉に取り、
問題になることを避けている、なかなかヤリ手の先生だ。
「おっ、俺、先帰るな。じゃあなー、千里―!」
ハリセンと聞いて、勇次はとっとと逃げ出しやがった。
仕方ない… かったるいが少しは気が紛れる。


20 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 03:49:22 ID:27W7Nt+D0
ハリセンは、職員室のソファで自慢のハリセンを手入れしながら、俺のことを待ち構えていた。
「おう、千里。お前、今度の練習試合のスタメン、いつになったら決めんのじゃ?」
…忘れてた。ちなみのことで頭が一杯で、それどころではなかった。
「スミマセン… 今日帰って考えて、明日には…」
次の瞬間、俺はしこたまハリセンで殴られた。
「な〜にをゆうとんのじゃあ! 練習試合までもう日がないんやで!」
「はぁ…」
「お前、今別のこと考えとるやろ。家に帰っても出来る訳ないわ」
「………」
「ええか? 今決めろ! 今ここで考えろ! ええな!!」
そう言い残すと、ハリセンは職員室から出て行ってしまった。
…ハリセンに、俺の気持ちを見透かされていた。
テーブルの上には、白紙のメンバー表が俺を手招きしている。
もう散々だ…

21 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 03:49:50 ID:27W7Nt+D0
やっとのことでメンバー表を提出し、俺は重い足取りで帰路についた。
日暮れ時で活気づく繁華街の中を歩きながらも、ちなみの俺を無視する横顔が
頭から離れなくてどんどん憂鬱な気分になってくる。
俺は繁華街の喧騒の中をとぼとぼと歩き続けた。
すると、突然車のクラクションの音が鳴り響き、俺の目の前を車が猛スピードで走り去った。
気づいたら、赤信号の横断歩道を渡ろうとしていたようだ。慌てて歩道に戻る。
(今朝何であんなこと言ってしまったんだろう…)
信号待ちの間も、そんなことばかり考えてしまう。
ふと顔を上げると、横断歩道の向かいのマクドナルドは、若者や学生でごったがえしていた。
みんな楽しそうに食べたり喋ったりしているのを何となく眺めていると、
その中に見覚えのある人影を見つけた。

―――ちなみだ!

ちなみは窓側の席に座っていた。よく見ると1人ではない。
俺は信号が青になるや否や、マックに向かって猛ダッシュした…


22 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 03:52:52 ID:PeR8ZCoxO
植木の間から恐る恐るちなみの席を覗き見ると、ちなみの肩越しに
これまた見覚えのある巨体が垣間見えた。
…斉藤だ。クラス一の巨漢の女子…
ちなみと斉藤が特別仲が良いという話を聞いたことはなかった。
意外な組み合わせだったが、とりあえず相手が男ではないことにほっとした俺は、
そのまま物陰から2人の様子を観察した。
友達といる時はいつも笑顔を絶やさないちなみだったが、今はいつになく真剣な表情で
斉藤と喋っている。
時折、斉藤に詰め寄るような素振りを見せたり、両手を顔の前で合わせてお願いするような
仕草をするちなみに対して、斉藤は全くとりあうこともなくハンバーガーをパクついている。
俺は、何か妙な違和感を覚えた。
(ちなみの奴、斉藤に弱みでも握られてるのか…?)

23 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 03:56:06 ID:PeR8ZCoxO
ちなみと斉藤がマックから出てきた。
「じゃあ、また来月ねー」
「…わかった。その代わり、絶対だからね!」
ちなみは斉藤にしつこく念を押すと、家の方向に向かって歩き出した。
俺は、ちなみがいなくなったことを確認してから、斉藤を追いかけた。
「斉藤!」
「わっ! びっくりしたー、なんだ森下かよ」
「お前、今ちなみと何しゃべってた?」
「はぁ?」
「お前、ちなみのこと脅したりしてんのか?」
次から次へと良くない想像ばかりが沸き起こってきて、俺は相当頭に血が上っていた。
「まさか、着替え中を盗撮して、写真ばらまくとか言ってんじゃねぇのか? それとも…」
「ちょ…ちょっと待って…」
「お前、そんなことしたら、俺が許さないからな!」
「あーもう、何言ってんの! 勘違いするのも、いい加減にしなさいよ!!」
「…えっ?」
…勘違い? 俺は一気に気が抜けてしまった。
「わかったから。話すから、ちょっと落ち着きなさいよ…」
斉藤はそう言って俺をたしなめると、ふと遠くに目をやって、ニヤッと笑った。

24 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 04:00:24 ID:PeR8ZCoxO
「ほらよ! チョコミント、抹茶、それとストロベリーチーズケーキだっけ?」
「やったー! やっぱ食事の後はデザートだよねー」
斉藤をサーティワンのトリプルで買収した俺は、アイスクリームをパクつきながら
斉藤が話しだした内容に耳を疑った。
「えっ!? ちなみの方から?」
「そうだよ。徳永さんが『席、替わって欲しい』って言ったんだから」
「でも、ちなみは、斉藤から『黒板が見えないから、替わってくれ』って言われたって…」
「冗談! あたし、そんなに勉強好きに見える?」
…確かにそうだ。あまりの幸運に舞い上がって、そこまで深く考えていなかった。
「それにしても変なのよねー。『この事、絶対誰にもしゃべらないで』って、徳永さん言うの」
「はぁ? なんだそれ」
「わかんないのよ。でも、あんまりしつこく言うからさぁ… まぁ、あたしも、
あんな先生の目の前の席に行く訳だから、絶対にしゃべらないってことで、
夏休みまで月に1回のマックで手を打ったってわけ。」

…しゃべってるじゃねぇか。

25 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 04:01:02 ID:27W7Nt+D0
それにしても、ちなみの方からあの席に来たってことは、どいういうことだ?
授業中寝たかったからか? いや、それじゃあ隠す理由がない。
…などと1人で考えていると、俺の方をじろじろ見ている斉藤に気づいた。
「森下。あんた、さっきから徳永さんのこと『ちなみ』って呼んでるよね」
―――しまった! あまりに興奮して、つい心の中の呼び方でしゃべってしまった。
「ふ〜ん。へぇ〜。あっ、そうゆうことかぁ〜」
「な…何がだよ!」
「いや〜、だから徳永さんも『誰にもしゃべらないで』って言ったんだぁ〜
ひょっとして、もう付き合ってんの?」
「ば、馬鹿! んなわけねぇだろ! 今朝だってケンカして…」
「あっ、そうなんだ〜。でも、とりあえず徳永さんは決まりだね。あたしはそう見るね」
斉藤は嬉しそうにそう言うと、コーンをバリバリ食い始めた。
『偶然でなくて、必然…』―――これが、あの時のちなみの言葉の意味なのだろうか…?
思いがけない斉藤の言葉に動揺していた俺だが、ふと、あることに気づいた。
「斉藤! お前、この事、絶対誰にもしゃべるんじゃねぇぞ!」
「―――いいけど。 その代わり…」
「…えっ?」

俺はその後、毎月斉藤にサーティワンを奢らされるようになった。

26 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 04:01:38 ID:27W7Nt+D0
次の日から、より一層ちなみと顔を合わせづらい。
といっても、家も隣り、席も隣りなので、会わない訳にはいかないのだが。
相変わらずちなみは俺と目が合うと悲しそうな顔をしてそっぽを向く。
俺はそんなちなみに何の言葉も掛けられずにいた。
そのうち、俺は試合に向けての練習、ちなみは新曲のレコーディングとかで、
一層会う機会は減っていった。
「なんだぁ? まだお前ら仲直りしてねぇのかよ!?」
勇次がまたおせっかいをやいてきた。
勇次には、斉藤から聞いた話はしていない。話せばもっと面倒なことになりそうだったからだ。
「しょうがねぇなぁ、この勇次様に任せとけって! ―――おーい、千奈美ちゃーん!!」
「おっ、おいっ! 勇次…」
勇次はあっというまに女子達と喋っているちなみの方へ走っていった。

27 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 04:05:12 ID:PeR8ZCoxO
相変わらずの軽口で、女子達をきゃっきゃと笑わせる勇次。
そのうち、バットを素振りするような仕草をしたり、両手で拝み倒したりしだした。
勇次が俺の方を指差すと、ちなみが一瞬俺の方を見た。
その様子を固唾を呑んで見守っていた俺は、ちなみと眼が合った瞬間、どきっとして
視線をそらしてしまった。
(ちくしょう… 何でこんなにどきどきするんだよ! それにしても、勇次の奴、一体何を…)
恐る恐る視線を戻すと、ずっと俺を見ていたのか、今度はちなみの方が眼をそらして
勇次の方を向くと、小さく頷いた。
「よっしゃー! 絶対だかんね! 約束だぜ!!」
そう女子達に言い残すと、勇次は机も跳ね飛ばさんばかりの勢いで俺のところへ戻ってきた。
「やったぜ! 女子達が今度の練習試合の応援にくるぞ! もちろん千奈美ちゃんもだ!!」
「お、おいマジかよ!? 徳永もか?」
「ああ、最初渋ってたけど、千里も来て欲しがってるって言ったら、オッケーしてくれたぜ!」
思わずちなみのいる方を見ると、ちなみはくるりと振り返って、
携帯を片手に教室から出て行ってしまった。
ちなみが来る… 斉藤の「徳永さんは決まりだね」という言葉が、頭の中でよみがえる。
「…勇次!」
「おっ、なんだぁ? 礼なんかいらねぇって!」
「今日から特訓だ!!」
「―――なんだよ、それ…」
それまで得意満面だった勇次は、途端に目をまん丸にして、椅子に崩れ落ちた。

28 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 04:10:52 ID:PeR8ZCoxO
その日から、俺は今まで以上に練習に打ち込んだ。
ちなみにいい所を見せたいという気持ちもあったが、そればかりではない。
もし今度の練習試合に勝てたら、その時はちなみに告白しようと決めたのだ。
相手は強豪校の北中だ。少なくとも、俺が入学してから北中に勝ったことは、
公式戦はもちろん、練習試合でも1度だって無い。
だからこそ、北中に勝てたら、天が俺に味方してくれていると思うことにした。
もちろん、斉藤の言葉も、俺に勇気を与えてくれていた…

その日は、練習疲れで、昼休み中も爆睡をかましていた。
「もっりっしたっ! やったじゃん、徳永さん応援に来てくれるって」
「んあっ? だれ…?」
寝ぼけまなこが徐々に焦点を定めていくと、そこには巨漢の斉藤の姿があった。
「うわぁ! なんだよ、突然…」
「いやー、気合入ってんねぇ。徳永さんにいいトコ見せなきゃだもんねー」
「うるせぇ! お前、誰にも喋ってねぇだろうな?」
「モチのロンよ。 それよりあんた、ちゃんと用意してるんでしょうね?」
「はぁ? 何が?」
「やっぱり…」
斉藤は、両腕を広げて、思わず「アメリカ人かよ!」っと突っ込みたくなるような
ポーズをとった。
「徳永さん、今日、誕生日なんだよ。あんた、そんなことも知らなかったの?」
頭が真っ白になった。―――そうだ。今日は5月22日… ちなみの誕生日だ!
「プレゼントとか用意してないって、最っ低。あんた、女
と付き合う資格ないよ」
そこまでゆうか… いや、練習試合のことで頭が一杯だったというのは、言い訳にはならない。
「まぁ、このあたしが協力してあげないこともないけどねぇ…」
「―――今度は何奢って欲しいんだ?」
「おっ、森下、話わかるじゃーん!」
やっぱり…

29 :ねぇ、名乗って:2008/03/24(月) 08:46:17 ID:Nzpf2de0O
続きキボンヌ(°∇°;)

30 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 17:43:25 ID:PeR8ZCoxO
その日の夜、斉藤に見立ててもらったプレゼントを用意して、ちなみの帰りを待った。
来月、新曲が出ると言ってたっけ。今日もちなみは帰りが遅い。
自分の部屋の窓から、ちなみの部屋の明かりが灯るのを、じりじりしながら待ち続ける。
疲れもあってか、ついうとうとし始めた頃、やっとちなみの部屋に明かりが灯った。
時計を見ると、もう10時を回っている。
こんなに遅くまで頑張ってたんだ… 改めて自分の言葉がどれほどちなみを傷つけてしまったのか、
深く後悔する。
いてもたってもいられなくなって、プレゼントを片手に、ちなみの家の前まで走った。
呼び鈴を押そうかどうか迷った挙げ句、ポストの中にプレゼントを置いて、部屋に戻ることにした。
部屋に戻ると、カーテン越しに、ちなみの姿が見える。
思い切って、声を掛けてみた。
「…徳永?」
しばらくして、カーテンの隙間から、ちなみがこっちを見た。
「徳永!」
もう1度、さっきより大きい声でちなみを呼んだ。

31 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 17:45:25 ID:PeR8ZCoxO
ちなみは無言のまま、部屋の窓を開けた。
「あの…、誕生日、おめでとう…」
「………」
「ぷ、プレゼント、ポストに入れといたから…」
ちなみは何も言わずに、ゆっくりと窓を閉めた。
やっぱり、まだ怒ってるのか… 俺は意気消沈して、ベッドに倒れこんだ。
こんな調子じゃ、告白したって駄目に決まってる… 
そう思うと、今まで意気込んでいたのが、急に馬鹿馬鹿しくなってきて、
たまらなく鬱な気分になってくる。―――今日はもう寝よう…
もう随分、ちなみの笑顔を見ていない。
これから先も、俺に笑いかけてくれることはないのだろうか?
目を閉じると、「森下!」と俺を呼ぶ、弾けるようなちなみの声と、
太陽のような笑顔が、頭の中で蘇る。
『森下…』
ちくしょう! 今まで当たり前だったことが、こんなに大切だったなんて…
「森下っ!」
―――窓の外から聞こえる声が、俺を現実に引き戻した。
今のは、頭の中の声じゃない… 本物のちなみの声だ!
俺は、はじかれるように飛び起きると、全速力で窓際へ走った。

32 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 17:47:04 ID:PeR8ZCoxO
ちなみは、片手にオレンジ色のマグカップを持って、ベランダに立っていた。
部屋から漏れる明かりが、マグカップに光の輪を作って、
まるでちなみの頬にオレンジ色の影を落としているようだった。
「これ…、ありがとう。大事にするね」
久しぶりに、ちなみが俺に話しかけてくれた。
「ああ…」
「これ、森下が選んだの?」
「―――金、無かったからさ、たいしたもの買えなかったけど… その色、好きかなって」
「うん。好き…」
斉藤が選んでくれたとは言えなかったけど、色は俺が選んだんだ。本当に。

33 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 17:49:18 ID:PeR8ZCoxO
マグカップを愛おしそうに眺めているちなみに、俺は恐る恐る問いかけた。
「なぁ」
「ん?」
「まだ、怒ってるのか?」
「………」
ちなみは、俺の問いかけには答えようとせず、かすかに俯いた。
「ねぇ」
「あ?」
「今度の練習試合の相手、強いの?」
「…あぁ、強い」
「そう…」
ちなみは、また押し黙って、ゆっくりと空を見上げた。
その視線の先を辿ると、街の明かりでうっすらと白んだ空に、かすかに星がまたたいていた。
そのまま、2人とも黙って空を眺めていた。
こんなにしみじみと空を眺めるのは、久しぶりだった。
「よしっ!」
突然、ちなみが大きな声を出して、俺は慌ててちなみの方へ振り返った。
「勝ったら許してあげる」
そう言って、ちなみはちょっとだけ笑った。
―――何も言えなかった。
「じゃあね、森下。おやすみ」
そのまま、ちなみは部屋へ戻っていった。
ちなみの部屋の明かりが消えるまで、俺はその場を動くことが出来なかった。

34 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 18:14:00 ID:PeR8ZCoxO
練習試合は、予想以上の接戦となった。
GW中の猛特訓の成果か、それとも女子が大勢応援に駆けつけたことに奮起したのか、
俺達は8回を終わって3対2と、1点リードして最終回を迎えた。
「勝てる! 北中に勝てるぞ!!」
キャッチャーの勇次は、既に興奮して、ホームベース上から守備位置に就く選手達に発破をかけている。
俺も、はやる気持ちを抑えつつ、センターのポジションについた。
ベンチの横には、勝利を目前にして盛り上がる応援団の中に、ただ1人真剣な面持ちで試合を見つめる
ちなみの姿があった。
しかし、さすがに北中もこのままでは終わらない。先頭打者がヒットで出塁した後、すかさず
送りバント。次の打者は三振に斬って取ったが、その次のバッターの打球がサードのグラブを弾き、
2アウト2・3塁のピンチを迎えた。
「すいません、キャプテン…」
エラーをした後輩が、しょんぼりと頭を下げる。
「気にすんな。それより、次のバッターに集中しろ! あと1アウトで終わりだ!」
「そうそう、あと1人で勝てるぞ! 気合入れていくぞ!!」
勇次の掛け声で、ナインはそれぞれのポジションに戻っていった。

35 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 18:16:46 ID:PeR8ZCoxO
2アウト2・3塁… 1打逆転のピンチで、迎えるバッターは、強打者の呼び声が高い北中の4番。
俺達外野陣は、長打に備えて深めのポジションを取った。
1球ごとにヒートアップしていく応援の輪の中にあって、ただ1人不安げな表情のちなみ…
そんなちなみを見つめながら、俺はこの前の夜の事を思い出していた。
「勝ったら許してあげる」と言って笑ったちなみ。
本当は、もう怒ってなどいないのではないか… ふと、そんな考えが脳裏をかすめた。その時、
―――キンッ!―――
鈍い打球音がグラウンドに響き渡り、白球がセンター方向に上がった。―――詰まっている!
あらかじめ深めのポジションを取っていた俺は、猛然と打球に向けてダッシュした。
このボールを捕れば勝てる。ちなみともやり直せる… 何が何でも、落とすわけにはいかない!
グラウンドに湧き上がっているはずの歓声も聞こえず、ただ自分の心臓の鼓動と、呼吸の音だけが
頭の中に響き渡り、無我夢中で打球を追いかけた… その時だった。

「ちさと!!」

36 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 18:19:28 ID:PeR8ZCoxO
一瞬、頭が真っ白になった。
気がつくと、打球はもう眼前に迫っている。俺は打球の方向へ滑り込むと、
無意識にグローブを差し出した。
次の瞬間、脳髄まで響くような衝撃音が、俺の中で鳴り響く。
グローブを持った左手には、ボールの感触は無い。
必死でボールの行方を探すと、それまでグローブの中にあったボールは、
だらしなくグラウンドへ転がり落ちた。
一気に歓声が耳の中へ襲い掛かってきた。無我夢中でボールを掴むと、ホームで待ち構える
勇次にバックホームする。スタートを切っていた2塁ランナーとのクロスプレー…
…一瞬の静寂がグラウンドを包む。
「―――セーフ!!」
途端に歓声と落胆の声が沸き起こった。
逆転に沸き返る北中を尻目に、俺達はただ呆然と立ち尽くしていた。
「―――おい、千里、お前…」
勇次がそう叫びながら、俺の方へ駆け寄ってきた。
ふと視線を落とすと、左手につけたグローブが、あり得ない方向へ向いている。
手を上げてみると、左手は力なくうなだれ、グローブは地面に落ちた。

37 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/24(月) 18:21:20 ID:PeR8ZCoxO
歓声がこだましていたグラウンドは、一瞬にして騒然とした雰囲気に包まれた。
慌ててハリセンがベンチから飛び出してくる。
「千里! 大丈夫か? 他に痛いところ無いか?」
俺は弱々しく頷いた。
「千里!」「キャプテン!」みんなが心配そうに声を掛ける。
「お前らは試合を続けろ! まだ終わってない!!」
そう言い残すと、俺はハリセンに促されてグラウンドを後にした。
途中、ちなみと目が合った。
ちなみは両手で口を覆って、まるでこの出来事が信じられないといったような表情をしていた。
俺は、まともにちなみの顔が見れなかった。
あの時、「ちさと」という声に一瞬耳を奪われた。
2年ぶりに聞く呼び名だった。

―――あれは確かに、ちなみの声だった。

38 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/25(火) 03:42:02 ID:S5wmBmBbO
案の定、左手は骨折していた。それも、結構派手に折れてたらしい。
処置の後、病室に移され、放心状態のままでいると、試合を終えたチームメイトが駆けつけてきた。
「千里! 大丈夫か?」
「ああ… 2週間くらい入院しなきゃならないらしい」
「そんなに…」
「それより、試合の結果は? どうなった?」
「それが…」
みんな、一様に押し黙った。
「…そうか」
やっぱり駄目だったか。俺はそのまま天井を見上げた。
「―――あの後、追いついて、延長まで行ったんだ。でも…」
「すみませんでした! キャプテン!」
サードを守っていた後輩が、深々と頭を下げた。
「俺があの時エラーしなければ、キャプテンもこんなことには…」
「…もういいよ」
「えっ!?」
「みんな、よくやったよ。あの北中に、もう一歩で勝つところまでいったんだから」
「キャプテン…」
「それより、俺の方こそ、みんなに迷惑かけちまったな。夏の大会も近いっていうのに…
この怪我は俺のミスだ。お前は気にする必要無いぞ」
「…キャプテン、それじゃ、夏の大会には?」
「ああ、無理だろうな。多分、このまま引退だ」
「そんな…」
病室の中は、まるでお通夜のような雰囲気に包まれた。

39 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/25(火) 03:44:04 ID:S5wmBmBbO
「…そんな暗い顔すんなよ。今日はもう帰って休め!
後のことは勇次とハリセンが何とかするから、なっ!」
みんなは、すごすごと病室から出て行った。
「千里…」
「勇次、後、頼むな」
「ああ…」
「ところで勇次、…徳永は?」
俺はさっきから気になっていた質問をぶつけてみた。
「ああ、千奈美ちゃんは、仕事だってよ」
「そうか…」
「…今日だって、無理して空けたんだって。すっげぇ心配してたんだぜ。
容態がわかったらメールしてくれって頼まれてるから」
ちなみが来なかったことは、むしろ俺にとって都合が良かった。
俺はちなみとの約束を果たせなかった。告白なんて虫の良い話も、これで無しだ。
それに、「ちさと」という声の事。
あのことを、ちなみに確かめるのが怖かった。
2年前のあの日以降、俺達の間で呼び名の話はタブーだった。

40 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/25(火) 03:47:07 ID:S5wmBmBbO
入院して1週間が経った。
左手はギブスで固定されているけど、それ以外は全然元気なので、俺は暇を持て余していた。
野球部の連中は、夏の大会に向けて、早速練習を開始したらしく、いつもはうるさいくらいの
勇次達も今日は来ない。
おまけに父ちゃんと母ちゃんまで、商店街の福引で当たった温泉旅行に行きやがった。
部活ももう出来ないし、受験に向けて勉強でもしなきゃいけないのだが、
野球とちなみ、2つを同時に失って、とても勉強どころではなかった。
俺は何をするわけでもなく、天井を見つめて、ただ途方に暮れていた。
すると突然、弾けるような声が、病室中に響き渡った。
「よっ!!」
驚いて振り向くと、いつもの太陽のような笑顔とは程遠い、引きつった顔のちなみがいた。
「なんだー、意外と元気じゃーん。心配して損したー」
「お、お前…、どうしたんだよ?」
「いやー、おばさんにね、頼まれたの。今日いないから、相手してやってくれって」
―――母ちゃん、ナイスアシスト! 俺は心の中でガッツポーズをした。
しかしそれも一瞬のこと。すぐに現実に引き戻された。
ちなみと2人っきりで、どうしていいかわからない。
それは多分、ちなみも同じだろう。よく考えれば、今日は異常にテンションが高い。
すぐに沈黙が病室を支配する。口火を切ったのは、ちなみの方だった。
「…そうだ。今日は、森下が退屈してるだろうと思って、スペシャルゲストを招待しましたー!」
「…えっ?」
「ねぇ、こっちこっち、はやくっ!」
「お、おい…」
すると、病室の扉の向こうから、テレビの中でしか見たことのない、背の高い女の子が
ひょっこりと顔を出した。
「―――あっ…!」
「はじめまして。熊井友理奈です」

41 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/25(火) 03:51:30 ID:S5wmBmBbO
「はやくはやくっ、座って! ハイっ、熊井ちゃんの席ココ!」
「千奈美は?」
「あたしはいいの。立ってるから。 ―――森下ぁー、あんた何見とれてんのよ!」
「えっ!? ああ…」
びっくりした。いきなり熊井ちゃんが来たこともびっくりだったが、
そのあまりの綺麗さに、言葉も出なかった。
「あー、森下、熊井ちゃんに恋したってムダだかんねー。
熊井ちゃんは、い〜っぱいファンがいるんだからっ」
「馬鹿、ちげぇよ! …それにしても、お前よくアイドルなんかやってんな」
「へっ? なんで?」
「だって、アイドルってこんな可愛い子ばっかなんだろ?
お前みたいなのがいて、恥ずかしくないか?」
「あっ、ひっどーい! あたしだって、結構人気あるんだもんにー!」
「そうですよ。千奈美も意外とファン多いんですよ」
「熊井ちゃん! 『意外と』ってどういうこと!?」
『あははははははは!!』
今日のちなみは、やはり異常なテンションで、くだらない冗談やダジャレで俺達を散々笑わせた。
「あはは、は、はは… はぁ、なんかノド渇いたね。あたし何か買ってくるっ」
「あっ、千奈美。ジュースならうちが買ってくるよ」
「いいのいいの。熊井ちゃんは座ってて! それじゃ、いってきまーす!!」
そう言い残すと、ちなみは売店へ向けて一目散に走っていった。

42 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/25(火) 03:54:12 ID:S5wmBmBbO
そんなちなみの背中を見送るように眺めていた熊井ちゃんは、ちなみの姿が見えなくなると
急に俺の方へ向き直った。
「千奈美、あんなふうにしてるけど、ホントはすっごい心配してたんですよ」
「そんな…、冗談でしょ?」
「ホントですよ! あの日だって…、森下君が怪我した日? あの日、コメント録りだったんですけど、
突然千奈美から電話かかってきて、順番変わって欲しいって。絶対外せない用ができたって」
「………」
「それで、遅れて来たかと思ったら、ずっと携帯目の前にして、心配そうな顔してた」
…信じられなかった。そこまでして見に来てくれていたなんて。
「だから今日、千奈美すっごい楽しみにしてたんですよ。久しぶりに会うって。
なのに、あたしまでくっついてきちゃって」
「いや、そんなこと。むしろ、熊井ちゃんが来てくれて、助かったような…」
「えっ?」
「実は、最近徳永とあまり仲良くなくてさ。この前もひどいこと言っちゃって…」
熊井ちゃんは微笑んだまま、少し視線を落とした。
「…聞きました。その話」
「そう… やっぱり、怒ってたんだ…」
「う〜ん、怒ってたというより、悲しんでたってゆうか…」
俯いていた熊井ちゃんは、ふっと顔を上げて、俺の目を見据えてきた。

43 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/25(火) 12:34:45 ID:S5wmBmBbO
熊井ちゃんは、じっと俺の目を見て、話し始めた。
「あたしも、千奈美と同じ立場だから、わかるんですよね。 …うちらの世界って、
他の人には全くわからないでしょ? だからせめて、自分の周りの人には理解して欲しいってゆうか」
熊井ちゃんの言葉には、不思議な説得力があった。
きっと、熊井ちゃんもいろんなつらいことを経験してきたのだろう。
そして、それはちなみも一緒なんだ。
「たぶん千奈美も、森下君には、千奈美が感じたこと… 嬉しかったり、楽しかったり、悲しかったり、
つらかったりすること、全部知ってて欲しいんだと思う」
そんなこと、思ってもみなかった。俺は自分のことばかり考えて、ちなみの気持ちなんて
ちっとも考える余裕が無かったんだ。
「それにしても、最初聞いたときは、あたしもひどい!って思いましたよ。
ちさと君って、冷たい人なのかなって」
「…えっ!?」
「でも、今日会ってみたらすごいいい人そうで、ちょっと安心したってゆうか…」
そこまで言った熊井ちゃんは、両手で口を覆って、小さく「あっ」と声にならない声を漏らした。
「ごめんなさい! あたし、『ちさと君』とか言っちゃって…」
「い、いや…」
「千奈美に『絶っ対、名

44 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/25(火) 12:37:16 ID:S5wmBmBbO
正直、手が震えた。
テレビの中でしか見たことのなかったアイドルが、メアドを交換しようといってきてるのだ。
頭が混乱して、赤外線メニューがどこにあるかすら、わからなくなってしまった。
「あれ? ゴメン、ちょっと待って…」
その様子をじっと見ていた熊井ちゃんは、またくすっと笑った。
「―――なに…?」
「いや、思い出し笑い。千奈美もおんなじこと言ってたなぁって」
「同じこと?」
「うん。実は、あたしも無理矢理ここに連れてこられたんですよ。
1人じゃ顔合わせづらいからって」
そうなんだ… やっぱり、ちなみも1人じゃ来づらいよな。
「ゴメンね。なんか巻き込んじゃったみたいで… あっ、きたきた!
んじゃ、赤外線、送るよ」
「あっ、こっちもきました。じゃ、約束ですね」
その時、やけに視線を感じて顔を上げると、そこには病室の入り口に立っているちなみの姿があった。
「…っ! 徳永!!」

45 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/25(火) 12:40:04 ID:S5wmBmBbO
「えっ!?」
熊井ちゃんも驚いて振り向くと、それまで怖い顔をしていたちなみは、またいつもの
笑顔に戻った。
「なぁーんだ、メアド交換してたのー? 仲良くなったんだー」
「千奈美! これはね…」
「あぁ、いいっていいって、熊井ちゃん。 あっ、森下! あんた熊井ちゃんのメアド、
絶対友達とかに教えちゃダメだからね。もしバラしたら許さないからね!」
「あ、ああ… 当たり前だろ」
「あー、ノド渇いたねー。なんか適当に買ってきちゃったー。
あっ、あたしオレンジジュース、ゲットー!」
ちなみはことさら明るく振舞って、俺達もメアドの件についてはそれ以上何も言い訳できなかった。

46 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/25(火) 12:42:53 ID:S5wmBmBbO
熊井ちゃんは、それからしばらくして帰ることになった。
「それじゃ、お大事に」
「ああ、熊井ちゃん、今日は本当にありがとう」
すると、ちなみまでいそいそと帰り支度を始めた。
「熊井ちゃん、駅まで送っていくよ」
「いいよ、千奈美はもう少しここにいなって」
「いいからいいから! じゃあねー、森下!」
「あっ、ちょっと、千奈美…」
熊井ちゃんは、ちなみに背中を押されながら、ペコリと頭を下げて帰っていった。

さっきまであんなに賑やかだった病室には、今は無味乾燥な換気扇のダクトの音だけが
軽やかな音を立てていた。
久しぶりにちなみに逢えたのと、突然の熊井ちゃんの訪問に高鳴った胸は大分落ち着き、
熊井ちゃんとの会話が頭の中を駆け巡っていた。
オーディションで合格して以来、ちなみと熊井ちゃんはずっと一緒にやってきた仲間だ。
それだけに、熊井ちゃんの言葉は、リアルな心情として、俺の心に突き刺さってきた。
熊井ちゃんは、俺の知らないちなみをたくさん知っている。
いや、そうじゃない。俺の方が、つまらない劣等感に苛まれて、目を背けていただけなんだ。
その時、携帯からメールの着信音が鳴った。
熊井ちゃんからだった。

『 今日はありがとうございました
メアドのこと、千奈美にちゃんと話して、わかってもらいました
本当は内緒でしたかったんですけど、仕方ないですよね

PS 2人はお似合いだと思いますよ         友理奈 』

お似合い、か。 俺はちょっとだけ可笑しくなった。
熊井ちゃんが、臆病な俺の背中をちょっとだけ押してくれたような気がした。

47 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/25(火) 12:49:18 ID:S5wmBmBbO
携帯画面に見入っている俺に、再び不吉な影が忍び寄っていることなど分かるはずもなかった。
「…なにニヤニヤしてんのよ」
「何って… ―――うわぁ!!」
病室の入り口には、さっきと同じ冷たい目をしたちなみが立っていた。
「してたじゃーん。こーんな鼻の下伸ばしてー。
あー、熊井ちゃんからさっそくメール来たんだぁー。だからかぁー」
「ニヤニヤなんかしてねぇよ! 聞いたんだろ? 熊井ちゃんとはなんでもねぇからな!
 ―――ヤキモチ焼くなんてみっともねぇぞ」
「っ!!」
ちなみの眉毛がぴくっと動いた。 ―――しまった! これはNGワードだった!!
凍りついたように動かない俺達をよそに、換気扇だけがからからと乾いた音を立てている。
な、何かしゃべらなければ…
「だ、大体、お前帰ったんじゃなかったのかよ? 何しに戻ってきたんだよ…」
しばらく身動き一つしなかったちなみは、やがてばつが悪そうに後ろに持っていた紙袋を差し出した。
「…これ。着替え」
ちなみはその袋をベッドの足下に置くと、くるっと踵を返して扉の方へ歩き出した。
「徳永!」
―――とっさに呼び止めた。
熊井ちゃんが俺に勇気をくれたのかもしれない。

48 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/25(火) 12:52:13 ID:S5wmBmBbO
小さなちなみの背中に向かって、俺は語りかけた。
「また、来いよ。…な?」
たったこれだけの言葉に、精一杯の思いを込めた。
手を延ばしても届かない距離が、少しでも縮まるように。
じっと俯いていたちなみは、そのまま振り返ると、つかつかと俺の方に歩み寄ってきた。
「目、閉じて!」
「はぁ?」
「いいから! はやくっ!!」
言われるままに、目を閉じた。
「手、出して!」
「おい… 何なんだよ?」
「そっちじゃない、ケガしてる方!」
まさか、腹いせにケガしているところにひどい事するんじゃないだろうな…
びくびくしながら、ギブスで自由に動かない左手を差し出した。
よく分からないが、何かもそもそ動いているのだけは感じる。
「なあ、何やってんだよ?」
「動かないで! 絶っ対、目開けちゃダメだからね!!」
「…わかったから、はやくしてくれよ」

49 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/25(火) 12:55:43 ID:S5wmBmBbO
しばらくすると、左手の動きが止まり、静寂が訪れた。
「じゃあねー、森下―!」
「えっ!?」
目を開けると、もうそこにちなみの姿はなかった。
「おい! ちなみ!!」
その瞬間、駆け足だったちなみの足音は一瞬止まったが、
すぐにそのリズミカルな響きを取り戻した。
―――しまった! また『ちなみ』と言ってしまった…
顔が紅潮してくるのを感じながら視線を落とした俺は、その目に飛び込んできたものに
思わず釘付けになった。
―――真っ白なギブスには、汚い字で大きく「許す!」という文字が書いてあった。
俺は久しぶりに、まるで憑き物が落ちた様なすがすがしい気分になって、
遠ざかっていく靴音が聞こえなくなるまで、いつまでも耳を澄ませていた。

50 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/26(水) 05:58:33 ID:pZjYxo91O
それからしばらくして、俺は退院した。
無論、左手はまだ満足に動かないし、久しぶりの学校はなんか緊張する。
包帯でぐるぐる巻きの左手を首からぶら下げて、みんなにじろじろ見られながら
重い足取りで学校へ向かっていた時だった。
急に後ろから足音が迫ってきたかと思ったら、いきなり肩を叩かれた。
「森下! ひどいよぉ〜、先に行くなんて!」
そこには、膝に手を当てて息を切らしているちなみがいた。
「えっ、ああ… ゴメン…」
突然の出来事に心の準備が出来てなかった俺は、ついしどろもどろになってしまった。
すると、ちなみはカバンの中をごそごそとあさり出し、一冊のノートを取り出した。
「ハイっ! 森下が休んでた分のノート。
…野球バカから野球取ったら、ただのバカになっちゃうからね!」
「徳永…」
「さっ、遠慮せずに千奈美ちゃんの優しさを受け取りなさい!」
「…お前、今までノートなんて取ったことあったのか?」
途端にずっこけるちなみ。
「あー、ひっどーい! あたしだって1年生の時くらいはノート取ってたんだもんにー!」
ちなみは俺にノートを押し付けると、そのままずんずん先に歩いていった。

51 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/26(水) 06:01:51 ID:pZjYxo91O
あれだけ俺を無視していたのがまるで嘘だったみたいに、以前と変わらぬ態度で接してくれる
ちなみに、俺は自然に声を掛けていた。
「徳永!」
振り返らぬまま歩みを止めたちなみの肩は、まだ微かに上下していた。
「…ありがとな」
ちなみは、しばらく押し黙った後、空を見上げるように首を傾けた。
「あ、あたし、先行くね! …今日、日直だったの忘れてた」
そのままちなみはぱたぱたと走っていってしまった。
ノートを開くと、相変わらず汚い字が、幾何学模様のように紙の上に敷き詰められている。
女の子のノートらしいカラフルな色ペンなど一切無い、鉛筆のみでごしごしと書かれたノート。
あいつ、必死でノート取ったんだろうな…
その様を思い浮かべると、ちょっと可笑しくなるのと同時に、胸が熱くなった。
思えば、ちなみに「ありがとう」などと言うのは、初めてかもしれない。

俺達の関係は、ちょっとづつ変わり始めていた。

52 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/26(水) 06:06:15 ID:pZjYxo91O
「おう、千里。どうや、怪我の具合は?」
休み時間に、ハリセンの所に挨拶にきたところだ。
「はあ、もうしばらくしたらリハビリ始めるそうです。
ただ、2〜3ヶ月は激しい運動は無理だって…」
「…そうか」
ハリセンは、腕組みをしたまま、厳しい顔をした。
「お前、どないする? このまま引退して、受験勉強に専念するか?」
俺は、入院してから考えていたことを、ハリセンに打ち明けてみた。
「いえ、部活は続けようと思っています。
―――球拾いでも何でも、出来ることはやろうと思って」
その瞬間、ハリセンの『ハリセン』が唸りをあげた。
思わず目を閉じると、『ハリセン』は机に当たって、乾いた音を立てた。
「よう言うた! 千里!!」
…恐る恐る目を開けると、ハリセンは感涙に咽び返るように目を閉じていた。
「それでこそ男や! 青春や! なあ、千里! 秋まで頼むで! キャプテン!!」
ハリセンは俺の肩をバンバン叩くと、十八番の「浪花恋しぐれ」を歌いながら
職員室から出ていった。

そう、俺もちょっとづつでも変わろうと思ったんだ。
ちなみをしっかりと受け止められるような男になる為に。

53 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/26(水) 20:57:41 ID:pZjYxo91O
長かった梅雨が明けて、そろそろ期末試験の時期になった。
部活も休みになり、俺はなんとなく手持ち無沙汰な気持ちで、ぶらぶらと
校門を出て家の方向に歩みを進めた。
「森下! 珍しいじゃーん、こんな早く帰るなんて!」
振り返ると、そこにはあれ以来以前のように屈託の無い笑顔を
俺に向けてくれるようになった、ちなみがいた。
「ああ、試験前だからな。部活も無いし」
「そっかぁ〜。ねぇ、久しぶりに一緒に帰ろっ!」
そう言ってちなみは俺の横に並んで歩き始めた。
最近では、以前のようにちなみを目の前にすると異常に緊張してしまうことは
なくなっていた俺だったが、さすがにこの状況は緊張する。
とりあえず、何か話題を探さなくては…
「お、お前、ちゃんと試験勉強やってるか?」
「うーん、最近忙しくてさぁ。帰ったらベッドに直行っ!って感じ?」
そう言って相変わらずおどけるちなみ。
俺は以前から気になっていたことを、思い切って尋ねてみた。
「…なぁ、最近仕事の方はどうなんだ?」
そう、あの時ひどい事を言ってしまって以来、ちなみは俺に仕事の話を
一切しなくなっていた。

54 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/26(水) 20:59:50 ID:pZjYxo91O
一瞬表情を硬くして俯いたちなみだったが、すぐに軽く微笑んだ。
「うん… 新曲出たばっかだからね。今度の週末はイベント…」
ちなみはそう言い終わると、カバンの中をごそごそあさりだした。
「ハイっ、いつもの。 …興味無いかもしれないけど」
新曲のCDを手に、ちなみは意地悪っぽく笑った。
デビューした時から、ちなみはCDが出る度に俺に持ってきてくれていた。
俺もそれをいつも楽しみにしていたのだが、今回はなかなか渡してくれなかったので、
正直不安だったんだ。
「んな… 悪かったって言ってんだろ!? …って、あれ? お前、今日カバンだけか?」
「えっ? ―――あー! バッグ忘れた〜!! 森下、ココで待ってて! 取ってくるから」
ちなみは俺にCDとカバンを押し付けると、一目散に学校へ駆け戻っていった。
やれやれ… 俺は傍にあった自販機に寄りかかると、新曲のCDのジャケットに
目をやった。
今回の衣装はメイド服のようで、オレンジ色の帽子が褐色の肌に映えてよく似合っていた。
毎度のことながら、思わずちなみに見入ってしまう。
やっぱり、ちなみが一番かわいいな… そう再確認して、ふと顔を上げると、
角のパチンコ屋からくわえタバコで出てきた柄の悪い男と目が合った。
「げっ、惣太兄ちゃん…」
よりによって、こんなところで会うなんて…

55 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/26(水) 21:02:04 ID:pZjYxo91O
惣太兄ちゃんの家は、近所でCDショップをやっている。
今は兄ちゃんもそこで働いているが、昔はこの辺では知らない者はいない程の不良で、
俺も子供の頃から『いろんな意味で』かわいがってもらっていた。
「おっ、千里〜。お前いいとこいんじゃねぇかよ。ちょうど良かったぜー」
何が『いいとこ』だよ。こっちはサイアクだよ… 俺はいきなり憂鬱になった。
「実はさぁ、パチンコで有り金全部スッちまってよぉ… メシ代貸してくれよ、なっ!」
兄ちゃんは馴れ馴れしく俺の肩に腕を回してきた。ここで油断したら、どんな技が出てくるか
分からない。俺は反射的に身構えた。
「やだよ。メシぐらい家に帰って喰えばいいじゃん。大体、俺今日金持ってねぇし」
「んな冷たいこと言うなよぉ。 …あっ、お前ウチでCD予約してたじゃん。千奈美のやつ。
あれ、俺が後で立て替えてやるからよ! 今払え! 俺に」
…どんだけムチャクチャなんだよ、この人は。しかし、その話は今はマズイ。
「兄ちゃん、その話は今はちょっと…」
「あぁ? お前、俺がこんだけ頼んでるってのに、きけねぇって言うのかぁ!?」
「あいたたた! 痛いよ兄ちゃん!」
兄ちゃんは案の定、俺の肩に掛けていた腕を頭に回して、ヘッドロックを仕掛けてきた。
兄ちゃんにとってはじゃれてるつもりかもしれないが、こっちはたまったもんじゃない…

56 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/26(水) 21:04:10 ID:pZjYxo91O
兄ちゃんは、ヘッドロックをしながらも、俺が握っていたCDを目ざとく見つけてきた。
「おっ。これ、千奈美の新しいCDじゃねぇか… って、てめぇ、これ限定版だな!!
俺ん家じゃ安い方予約したくせに! どこで買った!? この裏切り者が!!」
「違うよ! いててててっ! 頼むからその話は今は…」
「あー、惣太兄ちゃん。森下も何やってんの?」
弾けるような声に、俺も兄ちゃんも思わず凍りついた。2人の視線の先には、肩で息をしながら
手提げ袋を抱きかかえているちなみの姿があった。
「おっ、おう、千奈美…」
兄ちゃんが一瞬ひるんだ隙に、俺は兄ちゃんのヘッドロックから逃れて、恐る恐る訊いてみた。
「…お前、いつからいたんだ?」
「えー、CDをどこで買ったとかなんとか… 大体、これはあたしがあげたんだよ、兄ちゃん。
森下がうちらのCDなんか買うわけないじゃん」
「そ、そうか… そりゃ悪かったな、千里…」
兄ちゃんをじろっと睨むと、兄ちゃんは目を泳がせながらぼそぼそと呟いた。

57 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/26(水) 21:06:02 ID:pZjYxo91O
「…もういいよ。それより、ほら!」
俺は財布から千円札を出すと、兄ちゃんに差し出した。
「おっ、ありがてぇ、千里! 恩に着るぜ!!」
兄ちゃんは早速その千円札を奪い取ろうとしたが、俺はひょいと兄ちゃんの手をかわし、耳元で囁いた。
「その代わり、絶対だかんな! 約束守れよ!!」
「あ、ああ… わかってるって」
兄ちゃんは力なくそう呟くと、すごすごと帰っていった。
「ねぇ、最後兄ちゃんと何話してたの?」
ちなみはバッグを抱きかかえたまま不思議そうに訊いてきた。
「えっ? ああ、何でもねぇよ。それより、お前相変わらず写真写り悪いな。
熊井ちゃんをちょっとは見習えよ。 見ろ! このかわいさ…」
「あー、ひっどーい! ちぃだってかわいいじゃーん! ブツブツ…」
うまく話をはぐらかして、ちらっと後ろを振り返ると、兄ちゃんは『悪いっ』と口パクしながら
片手で拝み倒していた。
当然だ。こんなところでばらしてもらっては困る。
―――あれは男と男の約束なのだから。

58 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/27(木) 11:10:45 ID:n25QcaSRO
キーンコーンカーンコーン―――
『終わったぁー!』
教室中が一気に活気づく。やっと期末試験が終わったのだ。
最終科目が得意の数学だったのは、俺にとってラッキーだった。これで気分良く
今日一日をエンジョイできるってもんだ。
先生の掛け声で、答案用紙を前の奴に渡して振り向くと、ちなみはまだ机に突っ伏して
動けないでいる。
「プッ、お前、何やってるんだよ」
「…ダメだ… サイアクだ… ぜんぜんできなかった…」
ひょいと覗き込むと、笑っちゃうくらい真っ白な答案用紙が、ちなみの細い腕からはみ出ている。
まるで魂が抜けたようなちなみを見てると、つい意地悪したくなってきたわけで、
「あ〜あ、こりゃ間違いなく補習だな。こんなんでハリセンが許してくれるわけないぜ」
なんてこと言うと、いきなりちなみは立ち上がって、俺に詰め寄ってきた。
「ダメ! それだけは無無理! あたし、夏休みはずっと仕事入ってるのに!!」
案の定、あせっている。当然、俺は知らん振りだ。
「だから言ったじゃねぇか。試験勉強しとけって」
「むー、だって忙しかったんだもん、色々と… ねぇねぇ、森下からハリセンに
頼んでくれない? 千奈美ちゃんは、夏休みはライブで地方だからって!」

59 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/27(木) 11:12:29 ID:n25QcaSRO
手のひらを返したように、猫なで声で俺の袖口を引っ張ってきたちなみに、ちょっとドキッと
してしまったけど、冗談だとばらすには、まだ早すぎるかな。
「やだよ! 俺がハリセンで殴られんだろ!? 自業自得ってやつさ」
「…もぅ、ケチぃ〜」
ちっちゃいほっぺたをふぐみたいに膨らまして、また机に突っ伏すちなみを見てると、
たまらなく可笑しくなってくる。
いくらなんでも、そんなことあるわけないのに… ホント見てて飽きないよな。
俺は、声を殺しながら1人でずっと笑ってた。

後にあんなことになるなんて、夢にも思わずに。

60 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/27(木) 17:32:54 ID:n25QcaSRO
前にも触れたが、俺ん家の夕飯は早い。
大抵6時には夕飯が出来てて、部活で遅くなることが多い俺は、みんなが食った後
1人で食べることがほとんどだったが、今日は父ちゃんが仕事で遅くなった為、
久しぶりに家族で食卓を囲んだ。といっても、俺と父ちゃん、母ちゃんの3人だけだが。
夕飯が遅くなると、母ちゃんは機嫌が悪い。特にこの時期は。
「ちさと、あんたいつまで部活続けるつもりなんだい?」
「…ああ」
「いい加減勉強しないと、入れる高校なんてどこも無くなっちまうよ!」
「…ああ」
「…父ちゃん! あんたも何とか言ったらどうなんだい!?」
「えっ!? …まぁ、いいんじゃねぇか?」
「『いいんじゃねぇか』じゃないよ! 息子の将来が懸かってるってのに!!」
「…うっさいなぁ。ちょっと静かにしてくれよ! 今大事な場面なんだから…」
そう、この時期は夕方になるとナイター中継が始まる。俺と父ちゃんがテレビに夢中になって
いつまでたっても夕飯が終わらないのが、母ちゃんには我慢できないらしい。

61 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/27(木) 17:34:42 ID:n25QcaSRO
「ちさと! あんた、期末テストの結果出てるんだろ? どうだったんだい?」
「別に… いつも通りだよ」
ソファの上に放り投げていたカバンを指差すと、母ちゃんは手馴れた様子で成績表を取り出し、
いつものように鼻でせせら笑った。
「相変わらず、数学以外は悲惨なもんだねぇ。千奈美ちゃんと違って、あんたは野球で
飯喰っていける訳じゃないんだからね。後で後悔しても知らないよ!」
そう言い残すと、母ちゃんは自分の部屋の方に行ってしまった。どうせ最近ハマっている
韓流スターのピとかペとかのビデオでも見るのだろう。
ちなみか… そういえば、今日ハリセンに呼び出されてたな。テスト返してもらった時も
えらく深刻そうな顔してたし。
まさか、本当に補習とかじゃないよな? さんざん脅した手前、なんか気になる。
母ちゃんが余計なことを言ったせいで、イマイチ野球に没頭できなくなってしまった俺は、
せっかくの佐伯の逆転タイムリーヒットにも、父ちゃんのように素直に大喜び出来なかった。

62 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/27(木) 17:37:12 ID:n25QcaSRO
ナイターが終わった後、父ちゃんと、今日は三浦が…、いや、あそこで佐伯が…などと野球談義に
花を咲かせ、部屋へ上がったのは9時半を過ぎていた。
最近は野球が9時で終わるので、本当につまらない。横浜が勝っている時くらい延長すればいいのに、
などと不満を抱えつつ、まだ制服だった俺は、とりあえず窓を開けると着替えを始めた。
机の上には、この前ちなみに貰った新曲のCDが、無造作に置かれている。
俺はまた少し憂鬱な気分になって、CDを棚に立て掛けた。
ちなみは、夏休みはほとんど仕事だと言っていた。
今年は地方が長いらしい。それ以外にもレッスンやらリハーサルやらで、ほとんど家には
いないのだろう。
また会えない日々が続く。
以前ほどではないが、やっぱりちなみに会えないのは何かもどかしい。
DVD等を見て紛らそうとしても、テレビの中のちなみは「Berryz工房の徳永千奈美」であって、
普段のちなみを知っている俺にとっては、どうしても違和感を感じてしまうのだ。
窓の外から生暖かい風が部屋のカーテンを巻き上げて、部屋の中の空気をかき回している。
それと共に、なにやらガタゴトという物音がして、俺の思考は遮られた。
夜になると静かな住宅地には似つかわしくない物音は、部屋の窓のすぐ側からしているように思えた。
訝しく思いつつ、恐る恐るカーテンを捲りあげると、次の瞬間目に飛び込んできたものは、
およそ想像もつかないものだった。
驚きのあまり声を出すことも忘れた俺は、呆然とその場に立ちつくした。
目と鼻の先にある、小麦色に日焼けした、はにかんだようなその笑顔は、部屋の明かりを一杯に吸い込んで、
その何倍もの輝きで照り返しているように見えた。
「遅いよ森下! ちぃ、待ちくたびれちゃった」
そう言ってちなみは、窓の手すりに無造作に足を掛けた。

63 :名無し募集中。。。:2008/03/27(木) 21:32:01 ID:jDM34kOa0
復活キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

64 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/28(金) 18:31:07 ID:NfvugftfO
「へぇ〜、昔とずいぶん変わったね。これぞ『野球バカの部屋』って感じ?」
悪びれる様子もなく、ちなみは物珍しそうに部屋の中を見回しながらうろうろしはじめる。
時折「あ、これかわいいー」とか「あ〜、これなつかしいー」などと歓声をもらしながら、
まるで夢中で宝探しをする子どものように。
そんなちなみをしばらく呆気に取られて見守っていたが、そのうちにだんだん状況が飲み込めてきた。
「…お前、何しに来たんだよ? てゆうか、どっから入ってきたんだよ?」
ちなみの家と俺の家は、隣り同士とはいえ少なくとも2mくらいは離れている。
そう簡単に屋根づたいにやってこれるわけではないのだ。
ホッシーのぬいぐるみを手にとってはしゃいでいたちなみは、こっちを振り返ると
目を三日月みたいにして、いたずらっぽく笑いながら窓の外をちょんちょんと指さした。
暗がりの中に、ちなみの部屋のベランダから銀色の橋が架かっているのがうっすらと見える。
「お母さんが庭で使ってるはしご。2階まであげるの、けっこう大変だったんだから」
ぬいぐるみを口元に当てて手を動かしながら、まるでホッシーがしゃべってますって感じで
おどけてみせる。
「そんなあぶない真似し

65 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/28(金) 18:33:34 ID:NfvugftfO
どさっという効果音と共に机の上に置かれた紙束は、ざっと見て50枚くらいはあるだろうか。
いやな予感がしつつも、いちおう尋ねてみる。
「…なに、それ」
ちなみはまるで一仕事終えたような満足げな表情で、こともなげにこう言ってのけた。
「宿題。 終業式までにやってこいって、ハリセンが」
…やっぱり。いやな予感は的中。今日ハリセンに呼び出されてたのはこれだったのか。
「終業式までって、あと10日もないじゃないか。お前、できんのか?」
「できないから来たんじゃーん。森下、数学得意でしょ? 手伝ってよ!」
いつの間にか椅子に座って、くるくる回りながら実にあっけらかんとしているちなみを見てると、
こっちの方が憂鬱になってくる。
「あのな、俺だっていろいろ忙しいんだよ。部活だってあるし…」
「部活? ハリセンが『千里は練習もたいして出来ないし暇だから、解らないトコは千里に訊け』
って言ってたよ。『アイツは数学だけはできるから』だって」
…ハリセンの野郎、「お荷物」を俺に押し付けやがったな。まぁ、ナイスアシストと言えなくもないが、
あれだけのプリントをちなみにさせることを思うと、さすがに頭がちかちかしてきた。
「…もしかして、あのはしごで毎日俺ん家に来るつもりなのか?」
「もっちろん! だって1人でやったら夏休み中かかっても終わんないよ」
まるで他人事のように話すちなみは、はっきりいって遠足気分だ。
こうなったら、もうこっちが折れるしかない。
「しょうがねぇなぁ…」
「やたっ! 手伝ってくれるのっ!?」
子どもみたいに無邪気にはしゃぐちなみを見てると、まぁこれも悪くないかな…と思えてきた。
「ただし、お前が全部やるんだぞ! わかんないところは教えてやるから」
「ハイハーイ! あっ、ちなみにあたし今度の連休は名古屋でライブだからっ、よろしく!」
…また頭がちかちかしてきた。

66 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/28(金) 18:35:42 ID:NfvugftfO
「う゛〜、わかんない…」
ちなみはさっきまでとはうってかわって、苦悶の表情を浮かべながら問題と格闘している。
…まだプリントの一枚目なのだが。
「まじかよ!? これって中1で習うやつだぜ」
さすがにここまでとは思わなかった。半ば呆れ顔で呟くと、すでにキレ気味の返事が帰ってくる。
「あ゛―もう、うっさいなぁ! 黙ってるか教えるかどっちかにしてよ!!」
「ば、馬鹿! でかい声出すなよ!! 母ちゃん達に気付かれるじゃんか」
同時に唇に指を当てて、しぃ〜って格好をすると、つられてちなみもしぃ〜って同じポーズをとって、
お互い顔を見合わせると、同時にプッと吹き出してしまった。
2人で秘密を共有してるみたいで、なんかわくわくする。ちなみも機嫌が直ったみたいで、
「はやくっ、教えて!」って笑顔で訊いてきた。
「だからぁ、ここはこっちの式の解のx=6を代入すると…、―――な、わかったか?」
そう言って振り返ると、ちなみはプリントそっちのけでこっちをじっと見ている。
目が合うと、慌てて視線を落とす。
「あっ、ごめーん、よくわかんなかった。 もっかい教えてっ! ねっ!?」
「お前、まじめに聴いてんのか?」
ちょっと憤然としてそう言うと、ちなみは取り繕うようにそっぽを向いた。
「…だってぇ、この部屋暑いんだもーん。 エアコンとかないの〜?」
大げさにそう言うと、Tシャツの襟首をつまんで、ひらひらとあおぎはじめる。
少し汗ばんだ素肌と薄い色の下着が、せっけんと汗とが入り混じった香りと共に俺の目に飛び込んできた。
思わずドキッとした。

67 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/28(金) 18:37:46 ID:NfvugftfO
改めて見ると、ちょっと小さめのTシャツにホットパンツ姿のちなみは実に無防備で、
まだ乾ききっていない後れ毛の艶かしさと対照的に、無造作にピンで留められた前髪の幼さは、
大人と子どもの間を彷徨っている今のちなみのアンバランスさを象徴しているようだった。
しかし、膨らみかけた胸やすらりと伸びた四肢は、ちなみが女性として成長していることを
如実に物語っていて、どうしても意識せずにはいられない。
「あの、あれだ、エアコンはカゼひきやすくなるから使わないんだ。 …スポーツ選手は
大概そうなんだぜ」
慌ててごまかそうとしても、さすがに俺の様子がおかしいのに気付いたらしく、
ちなみは自分の格好を振り返ると、とたんにかしこまってみせた。
「もう、ホント野球バカ…」
そう言ったっきり、押し黙ってしまう。
子どもの頃、2人で遊んでた時には、こんな空気になることはなかった。
5年ぶりにちなみを迎え入れたこの部屋までもが、どうすればいいのか戸惑っているようだった。
また生暖かい風が窓から吹き込んで、部屋の中をかき回していく。
「…のど乾いた」
駄々っ子のようなちなみの声が、この重苦しい沈黙を打ち破った。
「なんか飲みたいー」
おねだりをするように体を揺らすその姿は昔のちなみそのままで、俺は少しだけホッとした。
「わかったから、何か持ってくるから、それまでにさっきの問題やっとけよ!」
「うん、わかった…」
ちょっとむくれながらプリントに向き直るちなみは、少女の横顔に戻っていた。

68 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/28(金) 18:40:08 ID:NfvugftfO
台所に続くリビングでは、母ちゃんがソファに寝そべってピだかペだかのビデオを大音量で見ている。
「なんだい、あんたまだ起きてたのかい?」
母ちゃんは画面から目を離さずに俺に話しかけてきた。
「…父ちゃんは?」
「酔っ払って寝ちまったよ。あんたもさっさと寝な。明日も学校なんだろ?」
それだけ聞けば充分だった。少なくとも今日はちなみがいることを気付かれることはないだろう。
母ちゃんの目を盗んで麦茶のポットとグラスを2つ手にすると、忍び足で台所を離れ、
急いで階段を駆け上がった。
部屋の前まで来ると、とりあえず気分を変えるために大きく深呼吸してみる。
何度か笑顔の練習をした後、「よしっ」と小さく頷いて、努めて明るく部屋のドアを開けた。
「おまたせっ! できたか?」
しかし、さっきまでちなみがいた机には、今はその姿はない。
慌てて部屋中を見回すと、ちなみはクローゼットの前にたたずんでいる。
部屋の隅っこにあるその扉は、何故か開け放たれていた。
「…これ、なに?」
ゆっくりと顔をこっちに向けたちなみは、震える声でそう言った。
体中の血が逆流し、一気に汗が吹き出てくるような気がした。
あの中には、ちなみにだけは見られたくないものが入っているのだった。

69 :名無し募集中。。。:2008/03/29(土) 07:53:06 ID:/3jh5QcXO
人稲・・・
もう止めてもいいんぢゃね?小咄よ

70 :ねぇ、名乗って:2008/03/30(日) 18:54:05 ID:DGicuVBRO
wktk

71 :ねぇ、名乗って:2008/03/31(月) 00:06:37 ID:VIa+2JB/0
まってるよ

72 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/31(月) 12:26:06 ID:5EaBtaUKO
一陣の風がカーテンをひるがえして、一瞬ちなみの姿を覆い隠した。
その風の残党は、閉めることを忘れたドアまでも強引に押し閉じようともがいている。
「ねぇ、森下! これ一体どういうこと!?」
ちなみは珍しく声を荒げて詰め寄ってきた。
その手には、1枚のCDが握りしめられている。 ―――「告白の噴水広場【通常盤】」
「あたしがあげたのは初回盤だよ! なんで森下がこれ持ってるの!?」
そう、ちなみから貰ったCDは【初回限定版】。それはさっきまでちなみが向かっていた机の上に
今も立てかけられている。
じっとりとにじみ出た汗が風に煽られて、ほてった体から体温を急激に奪っていく。
「買ったんだよ、惣太兄ちゃんとこから。 お前、あの頃怒ってたし、今度は貰えないんじゃないかと…」
「嘘っ!」
まるで母親が小さい子どものわがままをたしなめるように、ぴしゃりと言い放つ。
「じゃあ、これは!? これも、これも…これも! 全部2枚づつある!!」
クローゼットの中から次々とCDを漁りだしていくちなみの瞳は、見る見るうちに涙でうるんでいった。
―――怒ってるのか、泣いてるのか分からない表情のままで。
もう言い逃れることはできそうもなかった。

73 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/31(月) 12:31:15 ID:5EaBtaUKO
「…そうだよ」
鳥肌が立つような緊張感。脇腹に汗のしたたり落ちるのを感じながら、覚悟を決めた。
「ずっと買ってたよ。デビューした時からずっと…」
ちなみの瞳に溜まった涙は、それでもなんとかその場に留まろうと必死にしがみついていたが、
そのうち耐え切れなくなって、桜色の頬に一条の痕跡を残した。
「どうして…?」
あのクローゼットは「パンドラの箱」だ。それを開けてしまった少女は、見るからに戸惑っているようだった。
「…俺にできることなんて、それくらいしかないじゃないか」
―――違う、それは違う! 俺は心の中でかぶりを振った。
俺は面と向かってちなみを応援してやれない自分の心の狭さに見て見ぬ振りをして、CDを買うことで
自分自身ををごまかそうとしていただけなんだ。
言わばこのCD達は、俺の「弱さ」の表れだった。だからこそ、ちなみにだけは絶対に見られたくなかった。
「…ずるいよ」
ちなみは俯いたまま、ポツリと言った。
頬を伝う涙はやがて大きな雫となって、硬く握られた掌の上にぽとぽとと零れ落ちていく。
「あたしがあの時どれくらい悲しかったか、ちさと分かってる!? いまさらそんなこと…」
早口でまくしたてたその言葉が言い終わらないうちに、ちなみは絶句した。
瞳から溢れ出ていた涙はいつの間にか止まり、明らかに動揺した様子で俺を見つめている。
―――あの時の眼だ! 上目遣いで、俺の顔色を伺うような視線…
ちなみの食い入るような視線を受け止めつつ、俺の頭の中はおよそ2年ぶりにちなみの口から出た
『ちさと』の3文字で埋め尽くされていった。

74 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/31(月) 12:34:42 ID:5EaBtaUKO
それは「爆弾」の響きだった。その甘美な響きは、強烈な破壊音となって心の奥に深く突き刺さり、
それ以外のもの全てを粉々に吹き飛ばしてしまう。
思えば、俺達はいつ破裂するかもしれない「爆弾」を抱えながら、今まで危うい綱渡りを
続けてきたのかもしれない。しかし今、その導火線に火が点けられた。それも、ちなみ自身の手によって…
「おい、今、お前…」
呆然と立ち尽くす中で、自然と口から言葉が吐いて出る。
まるでそれが合言葉だったかのように、ちなみは弾かれるように身を震わせた。
「…練習試合の時も、お前、俺のこと『ちさと』って呼んだよな?」
その言葉は耳に届いているのだろうか…、ちなみは顔をひきつらせながら身じろぎ一つしない。
「熊井ちゃんも、俺を『ちさと君』って言ってたし。 …なぁ、どういう事だよ?」
押し黙ったままのちなみを前にして、じりじりと時間だけが過ぎていく。
その間俺の頭の中では、過ぎ去った日々がつい昨日の事のように思い出されていた―――小さい頃、
「ちさとあそぼっ」と俺にじゃれついてきていたちなみ、初めて俺を「森下」と呼んだ日の
真っ赤な目をしたちなみ、骨折した俺を前に驚きのあまり言葉も出なかったちなみ…
それらが目の前のちなみに収束した時、それを待っていたかのようにちなみは顔を上げた。
「…あたし帰るっ」
そう言い放つと、くるりと窓に向かって踵を返す。
「おい、待てよ!」
「やだっ、離してっ!」
強く握れば壊れてしまいそうな、華奢な肩に掛けた俺の手を振りほどこうと、ちなみは必死でもがく。
それはまるで子猫のようで、力で押さえつけるのは簡単だったが、そうするのがためらわれるほどの
必死さだった。
それゆえ、俺も遂に禁忌を犯す決心を固めた。
「ちなみ!」
その言葉は魔法の呪文だった。ちなみは禁忌の魔法で時が止まってしまったかのように動かなくなった。
「…もう、逃げるなよ」
俺ももう逃げない… それは禁忌を犯した代償として、むしろ当然のことのように思われた。

75 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/31(月) 12:39:34 ID:5EaBtaUKO
熱っぽい風はいつの間にかおさまり、どこからともなく虫の声が聞こえてくるのに気付く。
その涼しげな響きは、俺の高ぶった心と裏腹に、辺りの静けさを際立たせていた。
側にあった麦茶をグラスに注ぐと、無言でちなみに差し出す。
ちなみはやはり無言で受け取ると一気に半分ほど飲み干し、深いため息をついた後、まるで諦めたように
微かな笑みを浮かべた。「憶えてる? あたしが初めて『森下』って呼んだ日のこと…」
窓の縁に腰掛けて、両手で包み込むように握ったグラスを見つめながら、ちなみはとつとつと語りだした。
返事はしなかった。忘れるわけがない。それは言わなくてもちなみにはわかる筈だから。
「あたし、すっごい頑張ったんだよ。それまでずっと『ちさと』って呼んでたでしょ? なかなかうまく
言えなくって… 何日も練習したんだぁ」
ちなみは昔を懐かしむように微笑みながら話し続ける。
「森下が勇次君殴った時、思ったの。あたし、これまで森下のことずっと傷つけてたんだって。
森下が『ちさと』って呼ばれるのあんなに嫌がってたなんて、あたし知らなかったから…」
ちなみの瞳が、また涙で潤んでいく。
胸を絞めつけられるような思いで、それでも黙って見つめることしかできない。
「森下やさしいから、ずっと我慢してたんだよね。あたしバカだから、ぜんぜん気づかなくって…
だから決めたの。もう森下に嫌な思いさせないように、いっぱい、いっぱい、れんしゅう…」
グラスを見つめて微笑んだままのちなみの瞳から、また涙が零れ落ちた。
思わず制したくなるのを、ぐっとこらえる。ちなみの告白を全て受け止めることが、ちなみと真っ直ぐに
向き合うことが、今の俺に一番大切なことなのだから。
頬に光る涙の筋を掌でごしごしと押し広げるように拭うと、やがてちなみは思い切ったように顔を上げた。
「…でもね、心の中だけならいいかなって。だから、ゴメンね、あれからもずっと心の中では
『ちさと』って呼んでた。熊井ちゃんとかにも。じゃないと、あたし苦しくって…
勝手だよね、自分から言い出しといて。ほんとゴメン…」
真っ赤な目に涙を一杯に溜めたまま、ちなみは俺と視線を合わすと、弱弱しく笑った。
それは、例えようも無く悲しい笑顔だった。

76 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/31(月) 12:42:58 ID:5EaBtaUKO
儚げに笑うちなみを見つめながら、俺は自分の愚かさを呪わずにはいられなかった。
きっかけはほんの些細なことだったのだろう。それが何なのかすら、今となっては
思い出せないくらいの。
ちなみがデビューして、俺達を取り巻く環境はめまぐるしく変化した。
その中で、ほんの僅かな歯車の狂いだったはずが、5年の歳月を経るうちに
ちなみをここまで悩ませ苦しめていたなんて、思いもよらないことだった。
それは「誤解」なのだ。いや、「勘違い」といってもいいのかもしれない。
ただし、俺にはそれを笑い飛ばすことや、ましてや責めることなど出来るはずもなかった。
ちなみは、デビューしてからも何も変わらなかった。右も左もわからない世界で、
戸惑ったり、思い悩んだりすることもあっただろうに、少なくとも俺にはそれまでと
変わらぬ態度で接してくれていた。
多分、そのきっかけを作ったのは俺なのだ。よそよそしい態度や無神経な一言が、
少しずつちなみの心を傷つけていったことを想像するのは、実に容易なことだったから。
「…もう、いいよ」
ため息にも似た心の声が、そのまま口から溢れ出た。
「謝るから、もうぜったい言わないから… 森下、ほんとゴメンね」
すがりつくようなちなみの眼差しが、どうしようもなく俺の心をかき乱す。
何よりも一番胸を打ったのは、ちなみがこんな俺を傷つけまいと、必死で耐えていたこと。
…なんて優しい「勘違い」!
「そうじゃないよ。 …ちなみ」
「…えっ?」
驚きを隠せないでいるちなみの瞳を、俺は真っ直ぐに見つめた。
絶望から、希望へ―――「禁忌の魔法」は解けたのだ。

77 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/31(月) 19:06:21 ID:5EaBtaUKO
遠くから聞こえる虫の声が、心癒す歌声のように響いている。
自分でも信じられないくらい穏やかな気持ちのまま、俺は語りかけた
「もう、無理しなくていいよ。昔のままで…、『ちさと』でいいよ」
「森下…」
「おあいこだよ。俺もずっと『ちなみ』って呼んでたから。心の中では。
でも、もうやめた。無理するのは。だからお前も…、な?」
呆然とたたずむちなみを見つめながら、俺は少しだけ笑った。
「忘れるなよ。この世で俺のことを『ちさと』と呼んでいいのは、父ちゃん、母ちゃんと、
ちなみの3人だけなんだからな。 …今までも、多分、これからもずっと」
さすがに照れくさくなって、最後の方は後ろを向いてしまったが。
時計の針を戻すことはできない。あれから俺達は少しだけ大人になった。
もう昔のままの「ちなみとちさと」には戻れない。
でも、今日から始めることはできる。新しい「ちなみとちさと」として。
しん、と静まり返った部屋の中…。 静寂を切り裂いて、弾けるようなちなみの声が響いた。

「ちさとっ!」

78 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/31(月) 19:09:03 ID:5EaBtaUKO
振り返るとそこには、涙で顔をくしゃくしゃにして、それでもひまわりのような笑顔で一杯の
ちなみがいた。
「ちさとっ、ちさとっ」
「なんだよ、いいって言った途端にこれだ…」
「今まで言えなかった分、今言うのっ! ちさとっ、ちさとっ、ちさとっ」
泣きはらして腫れぼったくなった目をさらに細くして、ちなみは「えいっ」と俺の背中に飛びついてきた。
「ば、馬鹿! おぶさってくるな!!」
数年ぶりにちなみの重みを体中に感じる。せ、背中に柔らかい感触が…
「いいじゃーん、ひさしぶりなんだからぁ。 …グスグス」
「あっ! お前いま俺のTシャツで鼻水拭いたなっ!?」
「エヘヘ…、ちさとごめーん」
「もう、さっさと宿題やるぞ! 時間ないんだから…」
「ハイハーイ! よぉ〜し、ガンバるぞー!!」
さっきまでと見違えるように元気になって机に向かうちなみを見ながら思った。
やっと俺の手でちなみを笑顔にすることができた、と。
ふと空を見上げると、相変わらず街の明かりで白んだ中に、微かに星が瞬いていた。

79 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/31(月) 19:14:14 ID:5EaBtaUKO
それからは怒涛の日々が続いた。
授業中は2人揃って爆睡し、放課後は俺は部活、ちなみは仕事。そして夜になるとちなみが
例の如くはしごを伝って俺の部屋にやってくる、といった具合だ。
それは夜中の2時3時まで続くことも珍しくなく、しかもちなみの数学の出来なさといったら
超弩級で毎日へとへとになったが、それでも一日のほとんどの時間をちなみと一緒に過ごせる
充実感は何物にも換えがたい。
それだけに、少しずつプリントの量が減っていくのが、嬉しいようで少し寂しい気持ちにさせる。
生まれて初めて、夏休みを疎ましく思った。

土曜日。ちなみは名古屋でのライブの為に、前泊で現地入りする。
朝起きると、ベランダ越しにばたばた準備をしているちなみの姿が見えた。
「ちなみっ」
声を掛けると、朝の眩しい光に一瞬目を細めたちなみは、すぐに目尻を下げてぶんぶん手を振ってきた。
「ちさとおはよっ!」
そう言ったちなみの笑顔に、朝日が一杯に降り注いでハレーションを起こす。
あれからまだ数日しか経ってないのに、その朝の挨拶に全く違和感がないのは、忘れかけていた昔の記憶
なのか、それとも当たり前のようにそう言い放つちなみのせいなのか… 考えるとちょっと可笑しくなった。
「もう行くのか?」
「うん! もう遅れそうでヤッバイよぉ〜。 …あっ、ちゃんと宿題も持っていってるからねっ!」
得意げにそう言うと、ぱんぱんっとカバンを叩いてみせる。
「ああ、あんまり無理するなよ」
「だいじょおぶっ! じゃねっ、いってきまぁ〜す!」
一際眩しい笑顔でひらひらと手を振ると、ちなみは賑やかに騒ぎ立てながら行ってしまった。
『今日と明日はあなたに逢えない』「ら・ら・ら」の歌詞がふっと頭に浮かんで、つい口ずさんでしまう。
主のいなくなった部屋は、さっきまでの喧騒が嘘みたいに静まり返っている。
閉め忘れた窓から、俺が誕生日にあげたオレンジ色のマグカップが棚に飾ってあるのが見えた。
せっかくだから使えばいいのに… そう思いつつも晴れやかな気持ちで、俺は一杯に伸びをした。

80 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/31(月) 19:18:23 ID:5EaBtaUKO
部活を終えて夕方に帰宅すると、泥のようにリビングのソファに崩れ落ちた。
今日はハリセンの奴が妙に張り切ってやれグラウンド30周だ、ノック500本だと
しごきまくりやがった。
普段でもへとへとになるのに、ここ最近の寝不足でのこの内容はさすがにきつい。
俺は飯を食うのもおっくうになって、暫くの間虚空を眺めていた。
「ほら、さっさと喰っちまいな!」
相変わらず母ちゃんは機嫌が悪い。父ちゃんはビール片手に野球観戦に夢中だ。
なんせ今日は横浜・巨人戦。テレビの中では、寺原と高橋の息詰まる投手戦が展開されているが、
俺はもうそれどころではない。
ちなみには悪いが、今日と明日はとにかく寝かせてもらおう… とりあえず飯を口に運ぶ。
「まったく、いつまで野球なんかやってんだか。
 …そういえば、あんた最近随分遅くまで起きてるようだね」
「えっ!? そ、そうでもないけど…。 なんで?」
「なんか夜中までガタゴトうるさいし、たまに話し声みたいのも聞こえるし。
 いったい何やってんだい?」

…部屋の温度が一気に10度くらい上がったような気がした。

81 : ◆sjehs7tfE6 :2008/03/31(月) 19:22:20 ID:5EaBtaUKO
別に悪いことしているわけじゃないのだが、なぜか後ろめたい気持ちにさせるのは、俺に少しでも
やましい下心があるからなのだろうか?
心の中でぶんぶん頭を振ると、努めて平静を装って返事をする。
「ああ、ラジオだろ。つけっぱなしで寝ちゃったりしたから」
「あ、そう。あんまり夜更かしするんじゃないよ!」
そう言ったきり、母ちゃんは自分の部屋にいってしまった。…単純な親で本当によかった。
飯を食い終えると、バッグを手にふらふらとリビングを後にする。
「おっ、見て行かないのか?」
背後に父ちゃんの声を聞きながら、それに返事を返すことも忘れて部屋へ戻ると、乱雑に服を脱ぎ捨て、
ベッドに倒れこむ。
母ちゃんが干しといてくれたのだろう、お日様の匂いのする布団に顔を埋めまどろんでいると、
携帯からメールの着信音が鳴った。熊井ちゃんからだった。
『 お久しぶりです 元気ですか? 千奈美は今宿題やってますよ!
あたしもわかるところは手伝ってるので、今日はゆっくり休んでくださいね  友理奈 』
熊井ちゃんのやさしい言葉と一緒に、リハーサルの光景や、お弁当を食べているところ、みんなで
ちなみの宿題を解いているところなどを写した写メが送られてきた。
俺は心が癒されるような気持ちになって、写メを見ながら急速に眠りへと堕ちていった…

82 : ◆sjehs7tfE6 :2008/04/01(火) 17:55:50 ID:fMbTbbxhO
『…ねぇ、ちさとっ』
桜の花びらが舞い散る中、顔を赤らめていつに無くしおらしい表情のちなみが目の前にいる。
『ちさとは、どんなタイプの女の子が好き…?』
『えっ!?』
一瞬、なんて返事すればいいのか迷った。爽やかな一陣の春の風が辺りを吹き抜ける。
ちなみは傍らの小石を足で弄びながら、心ここにあらずといった風だ。
俯いている顔がゆっくり上がると、固まっている俺と目が合って、すぐにまた顔を伏せる。
…これは俺からの告白を待っているんだ! そうだ、そうに違いない!
早鐘のように鳴り響く鼓動…
伝えるんだ! ちゃんと言葉にして…
『お、俺の好きなタイプは…』
『…えっ?』
小さな声を漏らして、ちなみが顔を上げる。
周りの景色が全て消えてなくなって、ちなみしか見えない。
『…明るくって、笑うとタレ目になって、その笑顔がすごく眩しくって…
 あ、足が長くって、すごく華奢なんだけど…』
『だけど?』
『…俺の部屋に、はしご伝って来るくらい活発な女の子、かな?』
『そう…』
ちなみはそう言ったきり、また俯いてしまう。
後ろに組んだ手がせわしなく動いているのが分かる。

83 : ◆sjehs7tfE6 :2008/04/01(火) 17:58:57 ID:fMbTbbxhO
『…ちなみはどうなんだよ?』
『あたしっ!? …あたしは―――』
ちなみは上目遣いでちらっと俺を見ると、くるりと後ろを向く。
膝丈のスカートが花びらのように舞い上がる。
『…すっごく無愛想で、でもとっても優しくって、自分の名前があんまり好きじゃなくって、
だから自分にあんまり自信がなくって、それで…』
『それで?』
『…いつも野球ばっかやってる人』
『ちなみ…』
『ちさと…』
♪の〜にゅっ! の〜にゅっ!♪
「…ったく、なんだよ。今いいとこなんだからさぁ。 …って、うわぁっ!!」
いきなり夢から現実に引き戻された。手に握ったままの携帯が、ちなみからの着信を知らせている。
思いっきり不機嫌な声で、「…もしもし」と電話に出た。
『あっ、ちさと起きてた? わかんない問題があるのっ。メールで送ったからよろしくねっ』

…こんなことだろうと思った。

84 : ◆sjehs7tfE6 :2008/04/01(火) 18:03:56 ID:fMbTbbxhO
それは図形の問題だった。ご丁寧にその図形まで写メで添付してある。
紙に写し取って眺めていると、眠っていた脳みそがだんだん目を覚ましていく。
…ちょっと捻ってあるけど、そこまで難しい問題ではない。メールで答えを送ってもよかったが、
面倒くさいのでリダイヤルのボタンを押した。
『ハイハーイ! もうわかったの? さっすがぁ〜!』
…なんでちなみはこんなに元気なんだろう? ちょっと訝しい気持ちと、自分だけ寝てしまっていた
罪悪感とが入り混じって、なかなかテンションが上がらない。
「おだてても何も出ねぇぞ。 …まず、∠ABCと∠BADは錯角だからぁ」
『へっ? さっかく? なにそれ?』
そのすっとんきょうなちなみの声で、さらにテンションが下がる。このまま電話越しに説明しても
何時間かかるかわからない。
「…あのさぁ、周りに誰かいるんだろ? 熊井ちゃんとか。もっとわかる人に替わってもらえないかな?」
『えぇ〜!? あたしより数学できるのって、誰だれ? ねぇ、熊井ちゃん!』
『えっ? うち、まだこんなところ習ってないし…』『あたしも数学ニガテ〜!』
携帯の向こう側が、途端にきゃぴきゃぴし始める。相当人数がいるようだ。もしかしてメンバー全員?
『ハイっ! あたし出るっ』
その中で、一際甲高い声の女の子が名乗りをあげたようだ。一瞬の間を置いて、受話器からハキハキとした
声が飛んできた。
『モシモシ、お電話かわりました。 …あっ、はじめまして。あたし、嗣永桃子でぇす』

これが、俺と桃子ちゃんとの出会いだった。

85 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/04/01(火) 18:23:41 ID:fMbTbbxhO
どうも小咄です。
ここまでが狼で書いた分ですけど、以前狼で「この小説を読んで『なぎさボーイ』を思い出した」
とのレスを戴いたことがあって、BOOK OFFを5軒はしごしてやっと手に入れたのですが、
読んでみるとあまりに内容が似ていたのに相当ショックを受けました。
主人公「なぎさ」が自分の名前にコンプレックスを抱いている所(このくらいは知っていたけど)、
不器用でなかなか素直になれない所、数学が得意な所まで一緒なのは、最早「パクリ」と云われても
仕方無いレベルです…
なんとか「なぎさボーイ」と似ないように書き進めていきたいと思いますので、宜しくお付き合い下さいませ…

86 :ねぇ、名乗って:2008/04/01(火) 18:41:19 ID:FhCE0J4mO
そんなの全然気にしてませんでしたwww

続きを楽しみに待ってます!

87 :ねぇ、名乗って:2008/04/05(土) 22:25:45 ID:2/XoyJcNO
wktk

88 : ◆sjehs7tfE6 :2008/04/06(日) 18:49:36 ID:ZGrfoPTAO
それは不思議な感覚だった。桃子ちゃんといえば、メンバーでも1、2を争う人気であることは
知っていたけど、初めて熊井ちゃんに会った時ほどの胸の高鳴りを覚えないのは、電話越しで
面と向かって話していないからなのだろうか?
「あ、どうも。森下です。 スミマセン、なんかちなみの宿題手伝ってもらってるみたいで…」
1つ年上ということもあって妙にかしこまって挨拶する。
『うふふっ、なんかお父さんみたぁい』
「…はぁ?」
『うそうそ、冗談っ。ぜんぜんだいじょぉぶですよっ。 …あのぉ』
「…はい」
『もしかしてぇ、ちぃのカレシですかぁ?』
桃子ちゃんの後ろで黄色い歓声があがる。それに混じって、よくわからないけどうろたえているちなみの声も。
…完全に桃子ちゃんにペースを握られた。核心を突くような質問にしどろもどろになってしまう。
「そ、そんな、ただ家が隣りの幼馴染ってだけで…」
『ふぅ〜ん、そうなんだぁ… でも、ずぅっといっしょに宿題やってたんですよね? …夜中までっ』
「はぁ、まあ。 …あのー」
『ん?』
「…そろそろ、問題やっていいですか?」
『あっ、ゴメンナサイ! ―――はいっ、どぉぞっ』

まったく、このままガールズトークに付き合わされたりしたら、たまったもんじゃない…

89 : ◆sjehs7tfE6 :2008/04/06(日) 18:52:27 ID:ZGrfoPTAO
なんとか話を本題に戻してほっとしたところで、件の問題に目をやる。
「…△ABC=△DBEだからAB=DBで」
『うんうん』
「…∠DBE=∠ABC=38°だから」
『うんうん』
いつも「そっかぁ〜」とか「なるほど〜!」とか騒々しいちなみ相手に説明してたので、急に静かになった
桃子ちゃんにちょっと物足りなさを感じつつも、説明を続ける。
「…よって、∠x=∠ABD=104°。 …わかりましたか?」
しかし、桃子ちゃんの返事はない。さっきまで騒いでいたメンバー達の声も聞こえず、静寂が続く。
「…もしもし?」
不安になって恐る恐る声を掛けると、いきなり耳を劈くような声が飛んできた。
『すご〜い! ちさと君って頭いいんだぁ!!』

…思わず耳から携帯を離してしまった。

90 :名無し募集中。。。:2008/04/06(日) 19:01:56 ID:ow7JcLjG0
おお!新作が上がっている

91 :ねぇ、名乗って:2008/04/06(日) 21:14:42 ID:9xw3xWyv0
ここで書いてたのか
がんばれよー

92 :ねぇ、名乗って:2008/04/07(月) 02:19:48 ID:jybcGaE70
初めて読んだけど感動しました。
なんか千奈美らしいなって・・・
続きを楽しみにしてます。

93 :ねぇ、名乗って:2008/04/07(月) 09:27:16 ID:UnBxtTgjO
僕も楽しみに待ってます

94 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/04/07(月) 18:09:26 ID:dDAY8WEcO
どうも小咄です。
いきなりレスが付きだしたんでびっくりです。
なんだかなぁ…と思ってたら千奈美ファンスレにログ貼ってあった orz
まぁ読者さんが増えるのは嬉しいことです ^_^; ありがとうございます。
今お仕事に加えて資格試験の勉強にも取りかかっているので
更新のペースは遅くなるかもしれませんが宜しくお付き合い下さい。

95 :ねぇ、名乗って:2008/04/08(火) 00:39:01 ID:flte+zliO
いろいろ大変だと思いますが頑張って下さい!

96 :ねぇ、名乗って:2008/04/08(火) 22:49:13 ID:R4ZgQ57i0
onajiku

97 :名無し:2008/04/10(木) 19:05:16 ID:PIDUWjwb0
楽しみにしてます!
頑張ってください!

98 : ◆sjehs7tfE6 :2008/04/12(土) 00:35:13 ID:MH7qVBMzO
桃子ちゃんの甲高い声は、あからさまに遠ざけた携帯からでもはっきりと聞き取れるくらいに響いてくる。
『もぉたち、これ30分くらいずぅ〜っと考えてたんですよっ。こんなにすぐ解けちゃうなんてすごぉい!』
『もも、あんたちゃんとわかったの?』
『大丈夫っ、もぉ意外と数学得意だからっ』
『なにそれ、初耳ぃ〜』『ホント〜!? 信じらんなぁ〜い!』
『もう、みやに言われたくないからっ』
周りで固唾を呑んでいたのであろう他のメンバー達も、緊張の糸が解けたように一気に喋り出したみたいだ。
『んでんで? 答えどうなるの?』
『あのねぇ、このおっきい三角形で考えるとぉ…』
…気付いたら完全に蚊帳の外だ。とりあえず少しでもいいからちなみと話したい。
「…あのぉー」
『それでぇ、こことここは錯角だからおんなじじゃん』
『だからぁ、さっかくってなに?』
『うそっ、ちぃ錯角知らないの? さすがにやばくない?』
『えぇ〜、みやに言われたくないしー』
『もう、なんでみやばかりいじめるのぉ〜!?』
「もしもし? ―――もしもーし!」
駄目だ。桃子ちゃんには俺の声は耳に届いていないみたいだ。

99 : ◆sjehs7tfE6 :2008/04/12(土) 00:38:55 ID:MH7qVBMzO
諦めて電話を切ろうとした時、受話器の向こうからカタカタという音がして、一瞬指が止まった。
『もしもしちさと君? 友理奈です』
「あっ、熊井ちゃん? 良かったぁ〜。もう切ろうかと思ってたから」
『ごめんなさい。もも、すっかり説明に夢中で… メール、届きました?』
「ああ、見た見た。ありがとう、なんか癒された」
『えっ?』
短い吐息のような声を漏らした熊井ちゃんは、暫く押し黙った後、思い出したように『あっ』と呟いた。
『ごめんなさい! わたし、また「ちさと君」って言っちゃって…』
しきりに謝る熊井ちゃんは、きっとあの病室での時と同じ顔をしているのだろう。
生真面目な性格がそのまま出ているようで、思い浮かべるとつい笑ってしまう。
「いいよ別に。熊井ちゃんはちなみの友達だし」
何故だろう。熊井ちゃんに「ちさと君」と呼ばれても、そこまで嫌な気がしない。
きっと、あの柔らかいアルトの響きのせいなのだろう。そう勝手に納得した。
『あ、あの… ちさと君?』
「ああ、熊井ちゃん、悪いけどちなみに替わってもらっていいかな?」
『あっ…』
熊井ちゃんは一瞬言葉を詰まらせて、しかしすぐにさっきまでとは打って変わって明るい声になった。
『そうですよね! ごめんなさい、わたしばっかり喋っちゃって… はい、千奈美っ』
『もしもしちさとっ? サンキュー助かったぁ!』
ちょっとハスキーがかった弾けるようなその響きは、紛れも無くちなみの声だ。
そう、この声。ちなみの元気そうな声を聞くと、俺は何故だかほっとするんだ。

100 : ◆sjehs7tfE6 :2008/04/12(土) 00:42:23 ID:MH7qVBMzO
「別にいいけど。 …ところでお前、みんなに俺のこと何て言ってんだよ?」
『えっ!? べ、別になんとも…』
明らかに動揺した感じのちなみの声で、ふと我に返った。
―――しまった! なんか変なこと聞いちまった…
取り繕うように、絶句したままのちなみに声を掛ける。
「…もういいから、今日は寝ろよ」
『へっ?』
「宿題は帰ってから頑張ればいいから。今はコンサートに集中しろよ。 …な?」
『……』
ちなみは相変わらず押し黙ったままで、また少しづつ不安が頭をもたげてくる。
「…ちなみ?」
するといきなり、さっきの何倍も元気な声が飛んできた。
『うんっ!』
寝不足で弱った心臓が、びくん!と飛び跳ねるみたいに脈打った。何なんだよ、いきなり…
『ちさとっ』
「…なに?」
『ホントにお父さんみたいだねっ』
「はぁ?」
『じゃね〜、おやすみっ、ちさ… あっ、ちょ、ちょっと!』
『モシモシ桃子でぇす! ちさと君今日はほんとにありがとぉ。それじゃ、おやすみなさぁい♪(プツッ)』
「えっ!? あ、あの…」
…切れた。 ―――何なんだ、一体…
携帯の画面に映し出された「Good Bye」の文字を呆然と眺めていると、混乱した頭の中を
再び睡魔がゆっくりと侵食していく。
かすかな胸騒ぎを覚えつつ、俺の意識は途絶えた…

101 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/04/12(土) 00:48:13 ID:MH7qVBMzO
今日こそは更新しようと思って、ちょっと推敲足らないですけどうpしました。
(日付変わってしまったけどorz)

レス下さった皆さん、本当に感謝です!!
これからも宜しくお願いします。

102 :名無し:2008/04/12(土) 19:15:54 ID:tEVWtrAc0
新作ありがとうございます!
次回も楽しみにしてます!

103 :ねぇ、名乗って:2008/04/12(土) 22:16:27 ID:6yY+hazUO
僕も楽しみに待ってます!

104 :ねぇ、名乗って:2008/04/13(日) 16:51:40 ID:QYa+mAws0
熊井ちゃん横恋慕フラグか?

105 :ねぇ、名乗って:2008/04/13(日) 21:41:46 ID:N5uaU+QXO
暇だったのでちなちさのキャストとか考えてみた

ちなみ・・・・徳永千奈美(Berryz工房)
父ちゃん・・・高橋克実
母ちゃん・・・柴田理恵
熊井ちゃん・・熊井友理奈(Berryz工房)
桃子ちゃん・・嗣永桃子(Berryz工房)
勇次・・・・・中尾明慶
斉藤・・・・・塚田真希(柔道日本代表)
ハリセン・・・豊原功補
惣太兄ちゃん・的場浩司


どう?

106 :名無し:2008/04/14(月) 00:53:05 ID:r5SO2lRn0
勇次は市原隼人って感じじゃない?

107 :ねぇ、名乗って:2008/04/14(月) 02:13:13 ID:UvlRxDn/O
そっか・・・
H2観てたからキャッチャー=明慶の先入観に取り憑かれてたのかも

108 :ねぇ、名乗って:2008/04/14(月) 08:52:37 ID:RzUviqCeO
H2懐かしい

109 :ねぇ、名乗って:2008/04/16(水) 22:38:05 ID:9Z/+gyEKO
>>105
ちょっとワロタ

110 :ねぇ、名乗って:2008/04/17(木) 10:52:08 ID:CjZOCIt4O
惣太兄ちゃんの的場浩司はちょっと歳いきすぎじゃね

111 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/04/17(木) 13:04:48 ID:F6s3p/jRO
>>105
なるほど、読んでる人達はこうゆう風に感じてるんですねw

>>110
確かに的場浩司は行き過ぎかも…
でも実は惣太兄ちゃんのモデルは、その名の示す通り「北の国から」の岩城晃一なんです。
今だったら高岡ナントカ(宮崎あおいのダンナ)とかなんでしょうね。

ところで、ちょっと煮詰まってたんで、気分転換を兼ねて狼のちなさきスレに短編を1本書きました。
ここにも一応貼っておきますので、暇つぶしにでも読んでやって下さい。
さっさと続きも書きますので…



http://ex24.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1208227820/157-161

112 :ねぇ、名乗って:2008/04/17(木) 14:48:32 ID:CjZOCIt4O
狼でも絶賛じゃないですか!!( ^▽^)これからも頑張ってください

113 :ねぇ、名乗って:2008/04/18(金) 13:02:19 ID:4Mgj4S7BO
もしかして鷺沢萌とか読んでる?
文体が似てきたような・・・

114 : ◆sjehs7tfE6 :2008/04/21(月) 06:50:31 ID:ai44QYhRO
「…なぁ」
白い天井に跳ね返る蛍光灯の明かりに目を細めつつ、俺はうわごとのようにそう呟いた。
「…ふぁあ?」
その傍らで机に突っ伏したまま気の抜けた返事をする少女は、口元に薄ら笑いを浮かべて、
その意識は既に9割方あっちの世界に足を踏み入れている。
「…あと何枚あるんだよ?」
「え〜っとねぇ… い〜ち、にぃ〜、さんまぁ〜い…」
頭をもたげるのもおっくうな気分で、ため息をつきながら視界の端っこに捉えた時計に焦点を合わせると、
時刻はもうすぐ夜中の4時を回ろうとしていた。
「ちさとぉ〜 もう明日にしようよぉ〜」
口元のよだれを掌で拭いながらむくりと起き上がったちなみは、肩を落としたまま虚空を見上げて
ぽかぁんと口を開いた。
「お前、朝ちゃんと起きれる自信あるのか?」
ちなみはその言葉を頭の中で反芻してようやく意味を理解したらしく、がっくりと頭を下げながら
「…ない!」
と、きっぱり言い切った。

115 : ◆sjehs7tfE6 :2008/04/21(月) 06:52:48 ID:ai44QYhRO
「だろ? 明日までに提出しないとマジで補習だぜ。ハリセンはやるぞ。アイツはそういう奴だ」
俺は唇を噛みしめた。そう、今思い出してもむかむかする。
2年生に上がってすぐにあった試合、俺はスタメンを外された。
理由は直前にあった数学のテストで学年平均より下だったからだ。
「文武両道」などという言葉を偉そうに信条にしているハリセンは、成績の悪い生徒は容赦無く
スタメンから外し、時には成績が上がるまで部活を禁止させる程だった。
俺もそのせいで(お陰で?)必死に数学を勉強し、今こうやってちなみに数学を教えている訳だが…
鉛のように重たい体を無理矢理ベッドから引き剥がすと、体中の筋肉と関節が悲鳴をあげるかのように痛んだ。
その痛みが、せっかく忘れかけていた今日の地獄の練習の記憶を呼び起こす。
「どうせ練習はできひんのや。お前は俺がええ言うまで走っとれ! 受験は体力や。なぁ、千里!」
そう言ってニヤニヤ笑うハリセンの顔がフラッシュバックして、余計に俺をいらつかせた。
「…ちなみ」
うなだれたままのちなみの肩にタオルケットを掛けると、ちなみはもそもそとその端っこを摘んで
無言のまま背中を丸めた。
「5分間だけ寝ていいぞ」
「へえぇ? 5分経ったらぁ?」
タオルケットにくるまり、くぐもった声で答えるちなみの肩を優しく押すと、ちなみは崩れるように
再び机に突っ伏した。
「…一気にケリをつける!」
そう言い残すと、そのまま俺は部屋を後にした。

116 : ◆sjehs7tfE6 :2008/04/21(月) 06:59:16 ID:ai44QYhRO
静まり返った部屋の中に、ちなみの寝息だけが寄せては返す波のように響いている。
大きなマグカップを2つ手にして部屋に戻った俺は、残っている3枚のプリントをちなみを起こさないように
そぉっと抜き取った。
疲れきった体に朦朧とした意識があいまって、まるで自分が自分じゃないみたいだ。
時折遠くから聞こえる車の騒音だけが、この世でたった2人ぼっちになってしまったような奇妙な錯覚から
解き放ってくれる。
暫くして時計を見遣ると、もうあれから10分以上過ぎていた。頭が思うように動かない。
「ちなみ。…もう5分経ったぞ」
無言で目を覚ましたちなみは、ちょっとだけ不機嫌そうな顔で片方の眼をごしごしと擦ると、「ふわぁ〜っ」
と大口を開けて、まるで百年の恋も醒める様なあくびをした。
「…その顔、ファンの人達が見たらびっくりするだろうな」
「え〜? いいじゃん。どうせちさとしかいないんだし」
こともなげにそう言い放つと、俺のことなど気に留める様子もなく、平然と背中をぼりぼり掻き始める。
俺はため息を1つつくと、マグカップの一方を差し出した。
「ほらっ、とりあえずこれでも飲め」
「おっ、気がきくねぇ。…なにこれ、ホット? まぁいいや」
起こすまでの間に程よく冷めたその飲み物を、ちなみは躊躇せず口に含んだ。

117 : ◆sjehs7tfE6 :2008/04/21(月) 07:02:12 ID:ai44QYhRO
「っ! ん゛〜!! (ゴクッ) ペッペッ! なにこれにっがーっ!!」
「母ちゃんが美容の為とかいって飲んでるお茶だよ。キレイになるかはともかく、目は覚めるだろ?」
まるで「笑っていいとも!」の罰ゲームだな、などと思いながら(実際これはちなみの「罰ゲーム」なのだが)
俺ももう一方のマグカップを手に取った。
「いいか、これは薬なんだ! これで残りを乗り切るんだ! 一気にいくぞ!!」
「はぁ〜、『飲み切ると乗り切る』わけね… ん? 意外とさえてる?」
「ははっ、結構ウマい」
思わず笑ってしまって、その後深い自己嫌悪に陥る…
普段ならピクリともしないつまらないダジャレも、なぜかそこそこ面白く感じてしまうこの脳みそを
ちょっとでもマシにするためにも、このお茶を飲み干すことは俺達にとって必要条件なのだ!
「いくぞ! …せーの!」
「「んぐっ、んぐっ ―――ぷはぁ〜っ!!」」
まるで風呂上りの父ちゃんがビールを飲み干すように、俺達は眉間にシワを寄せながらお茶を飲み切った。
「イタイっ! 口の中がイタイよぅ…」
そう洩らしながら、ちなみはぎゅっと眼を閉じ、握りこぶしをぶんぶん振って悶絶した。

118 : ◆sjehs7tfE6 :2008/04/21(月) 07:04:41 ID:ai44QYhRO
「…どうだ、すげぇだろ? とりあえず、これで30分くらいは持ちこたえられるだろ」
「30分って、1枚10分じゃん! ムリ無理そんな速く…って、あれ? プリントがない…」
俺はプリントの内の1枚に、別の紙を1枚添えてちなみに手渡した。
「…ほらっ」
「なにこれ? ―――あ゛〜っ、これ答えだぁ!!」
「…とにかく、お前はそれ写せ。写すだけなら10分で出来るだろ?」
「なぁ〜んだぁ、それじゃ最初からこうすればよかったんじゃん」
「ばぁ〜か、それじゃ意味ないだろ? 俺は『錯角』も解らないような奴がちゃんと高校に行けるのか心配で…」
「あーちさとっ、またおとうさんみたいなこと言ってるー」
お茶のせいで瞬間的に目は覚めたが、まるでランナーズハイのような異様なテンションで俺達は作業を進めた。
「はひぃえぇ〜 もぉたえらんなはぁ〜い…」
「バカっ、あきらめんな! 書け!書くんだ!ちなみぃ〜!!」
そして最後の1文字をちなみが書き終えたと同時に、俺達は事切れた…

まさに気絶に近い状態で眠っていた俺は、いきなり母ちゃんの怒号でたたき起こされた。
「ちさと! ちさと! あんたら一体なにやってるんだい!!」
「あ゛〜もううっさいなぁ! もうちょっと静かに…」
頭の割れるような痛みと、痺れた左腕の感覚に違和感を覚えながら寝返りを打った俺の右腕が、
「ぐにゅっ」という感触と共に何かを掴んだ。
それと同時に、窓の外から女の人…多分ちなみの母さんの悲鳴が響き渡る。
(もう朝から騒々しいなぁ。ちなみの母さんまで。それにしてもなんだよ「あんたら」って…
 ―――えっ? あんた「ら」!?)
弾かれるように眼を開けると、目の前数pに俺の左腕を枕にいびきをかくちなみの寝顔があった。

119 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/04/21(月) 09:27:57 ID:ai44QYhRO
遅くなった上に朝っぱらの更新でスミマセン…
佐紀ちゃんのと比べても、やっぱり男性1人称は難しいですね。
書くのに時間がかかってしまいます…

>>113
名前は知ってますが、読んだことはありません。
今度探してみますね。
おススメとかあったら教えて下さい。

120 :ねえ、名乗って。:2008/04/21(月) 17:39:29 ID:8cuHQflO0
今回もいい感じですね!
続きが気になります!

121 :ねぇ、名乗って:2008/04/22(火) 08:41:56 ID:10SI9P4rO
続きメッチャ気になります(≧ω≦)頑張ってください

122 :ねぇ、名乗って:2008/04/28(月) 04:16:23 ID:rtQIdSZmO
どうも小咄です。
以前書いた「佐紀ちゃんの憂鬱」の対になる短編を狼に書いたので、
またここにも貼っておきます。
今度の主人公は千奈美です。
「ちなちさ」のちなみとはちょっと雰囲気違うんですけど、
また暇つぶしにでも読んでやって下さい。



http://ex24.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1209120288/76-81

123 :ねぇ、名乗って:2008/05/01(木) 21:15:18 ID:mNZiAg2cO
・・・読めない!

124 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/05/04(日) 02:19:08 ID:+fdbcLM/O
>>123
ホントだ。べっかんこでも読めないですね。
ここのスレの最初の方にhtmlが貼ってあるので、それでなんとかなるかもです。

http://ex24.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1209447119/

ところで最近仕事が超〜忙しくって、睡眠時間確保するのがやっとの毎日です。
当然GWなんて、そんなの関係ねぇ!って感じで…
なので、続きはしばらく待って下さい。スミマセン。
いちおう落ちないようにだけはしときますので。

125 :ねぇ、名乗って:2008/05/05(月) 21:15:24 ID:xgch8ynP0
まぁゆっくりやってくれ
こっちも気長に待ってるから
それにしてもみやびちゃんの頃からすると大分文体が変わったな
(勿論いい意味で)

126 :ねぇ、名乗って:2008/05/13(火) 22:41:39 ID:ngU4ORcs0
保全しとこう

127 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/05/18(日) 18:16:02 ID:I06/VtDXO
やっと仕事も落ち着きました。
今書いてますが、更新はあと2〜3日かかると思います。
(それにしても読んでる人いるのカナ?)

>>125
ウルフの頃から読んでくれてる人ですね。
みやびちゃんのは今読み返すとお恥ずかしい限りです…。

そういえば、もしかして1号さん来てます?
よかったら声かけて下さいねっ。

128 :ねぇ、名乗って:2008/05/18(日) 22:17:07 ID:76q3FxIGO
更新楽しみに待ってます♪

129 :ねえ、名乗って:2008/05/21(水) 00:23:03 ID:zg7YDKKM0
たのすぃみにまってます!

130 : ◆sjehs7tfE6 :2008/05/23(金) 22:23:01 ID:qoK/T1m8O
上目遣いで時計を見ると、もう朝の8時を回ろうとしている。
「…なぁ母ちゃん、いい加減学校行かないとマジでヤバいんだけど」
「学校どころの話じゃない!!!!」
仁王立ちの母ちゃんに一喝され、俺達は思わず背筋を伸ばした。
「ねぇおかーさーん、あたしホントに勉強してただけなんだからねー。信じてよぉ!」
「千奈美ちゃんも何言ってんだい! 一緒に寝てたじゃないか!!
 あたしゃ悲しいよ。千奈美ちゃんが男の部屋に夜這いをかけるなんて!
 …それもこれも、きっとこの馬鹿息子が千奈美ちゃんをそそのかしたに決まってる!!」
そう言うや否や、母ちゃんは俺の頭をしこたま叩いた。
まったく勘弁してくれよ…。すがるような思いでドアの外から様子を伺っている父ちゃんを見つめると、
父ちゃんはニヤニヤ笑いながら
「おう、ちさと。ちょっと火遊びが過ぎたな」
なんて軽口をたたいてくる。なんだよそれ、布袋かよっ!
しかしすかさず母ちゃんとちなみの母さんにジロッと睨まれ、
「お、俺もそろそろ会社行かないと…。遅刻遅刻!」
と呟きながら、そそくさと退散した。まったく頼りになんねぇオヤジだ。
ぴんっと張り詰めた空気の中、7月の朝日が容赦なく俺達を照りつける。
腋の下から汗が滴り落ちるのを感じながらふと隣りを見ると、ちなみはもそもそと動きながら
「足イタァーイ…」などと口走っている。
「馬鹿っ、じっとしてろよ!」
「だってぇ、正座なんてめったにしないんだもーん」
「そこ! なに喋ってんだい!!」
またもや母ちゃんに一喝され、俺達は慌てて姿勢を正した。

131 : ◆sjehs7tfE6 :2008/05/23(金) 22:25:33 ID:qoK/T1m8O
「…アタシが中学生の頃なんか、男の人と手も握ったことなかったもんだよ。それがあんたらときたら
 一緒に寝てるときたもんだ。 ―――もしかして、あんたらそれ以上のことを…」
「何言ってんだよ母ちゃん! 俺達はただちなみの宿題を…」
「そう、それ! それが怪しい!!」
まるで犯人がぼろを出すのを待ってたかのように、母ちゃんは鋭い眼差しで俺を指さしてくる。
「あんた最近千奈美ちゃんのことを『ちなみ』って言うようになったよねぇ。
 ついこないだまでは『徳永』って呼んでたくせに」
その瞬間、体中を雷に打たれたような衝撃が走った。
母ちゃんの奴、気づいてやがった。『単純な親』などと馬鹿にしていた俺が甘かった。
「そーいえば千奈美も最近また『ちさと』って言うようになったねっ。」
なにやら部屋の外で誰かと電話していたちなみの母さんがそう言いながら帰ってきて、
グッドタイミングで火に油を注がれた母ちゃんの妄想はどんどんエスカレートしていく。
「…やっぱりそうなんだね! 毎晩この部屋で乳繰り合ってたんだ!! いつからなんだい!? ちさと!!!!」
「ちょ、ちょっと待てよ! 乳繰り合ってなんかねぇよ!!」
「…そう、『乳繰り合って』なんかないね。 多恵ちゃんっ」
思わぬ援護射撃に驚いて振り向くと、ちなみの母さんがプリントの束を片手にニヤニヤ笑っている。
「さっき江藤センセイに電話して訊いたんだぁ。 この宿題って、1週間ちょっと前に出したんだって」
「…だから?」
予想外の展開に全く状況を把握できてない母ちゃんに向かって、ちなみの母さんはプリントの束を
押し付けながら高らかに言い放った。
「見てっ、この宿題の量! おバカなウチの娘にたった1週間でできる訳がないっ!!」
…おいおい、親が言うことかよ。 さすがに怒るだろうと思って振り返ると、ちなみは
「さっすがぁ! おかーさん、よくわかってるぅ!!」
などど言いながら、さっそく足を崩して『くつろぎモード』に入っている。何なんだこの親子は…?

132 : ◆sjehs7tfE6 :2008/05/23(金) 22:27:56 ID:qoK/T1m8O
「しかもっ、途中2日は名古屋でライブだったんだからねっ。ちなみ1人じゃ夏休み中かかっても終わんないよ」
「で、でも千恵ちゃん…」
「一緒に寝てたのも、おおかた自分チと間違えて千里クンの布団に潜りこんだんでしょ
 このコ、寝ぼけると意味不明な行動するからねぇ。」
「………」
ちなみの母さんにこう言われては、うちの母ちゃんもそれ以上何も言えないらしい。
なんせ俺達が生まれてすぐ、この家を建ててお隣同士になって以来、「多恵ちゃん」「千恵ちゃん」と呼び合う
大の親友の2人なのだ。
「千里クン、悪かったわねぇ。 このおバカ娘のお守りも大変だったでしょ?」
「い、いや、それほどでも…」
心の中で、(それほどでも…あったけど)と思いながら、やっと誤解が解けて安堵のため息を洩らす。
「あっ、ヤッバイ! はやく学校行かないとハリセンに怒られるぅ〜!!」
ちなみはそう叫ぶと慌てて立ち上がろうとする。そこへちなみの母さんの威厳に満ちた声が響いた。
「…しかぁ〜し!!」
途端にちなみの動きが止まった。よく見ると顔も引きつっている。
「今後は二度と許さないからねっ。 もちろんあんなコトも!」
そう言って窓の外を指差す。そこにはアルミ製のはしごが、朝日を受けて鈍い光を放っていた。

133 : ◆sjehs7tfE6 :2008/05/23(金) 22:30:21 ID:qoK/T1m8O
「ほらっ、さっさとウチに帰りなっ。遅刻するよ! …ってか、もう完璧遅刻か♪」
「…ハァ〜イ」
実にあっけらかんとした母さんと対照的に、しゅんとして窓に向かって歩き出すちなみ。
と、その頭を思いっきり引っぱたくちなみの母さん。
「ばぁ〜かっ、ちゃんと玄関から帰る!」
「…だってぇ、あたし靴ないもん」
「あっ、そっか。…ええい、かーさんのスリッパ半分貸してあげるからっ。ウチまでケンケンで競争だよっ!」
そう言うがはやいか、ちなみの母さんはものすごい勢いで階段を駆け下りていく。
「ちょ、ちょっと待ってぇー!!」
つられてちなみも猛ダッシュで母さんの後ろ姿を追いかけていった。
まるでお笑いコンビみたいな親子が去った部屋には、俺と母ちゃんがぽつんと取り残され、
さっきまでの騒々しさが嘘のように静まり返っている。
「…母ちゃん?」
固まったまま動かない母ちゃんに恐る恐る声を掛けると、やっと意識を取り戻したかのように
はっとした母ちゃんは、まるでうわごとのようにポツリと呟いた。
「千恵ちゃん、怒ってたね。 …久しぶりに見たよ」
「えっ、なに?」
「…なんでもないよ! ほらっ、あんたもさっさと学校行きな!」
そう言ったきり母ちゃんは押し黙ったまま部屋を出て行った。
俺は慌てて服を着替えつつも、なんだかイヤな予感がしてしょうがなかった。

134 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/05/23(金) 22:55:28 ID:qoK/T1m8O
やっと更新しました。
前回の更新から1ヶ月以上経ってるんですね。
ホント申し訳ありません…。

さて、新キャラ『ちなみのおかーさん』登場ですっ。
実は私は『ちなみのおかーさん』=『ベリーズの松本千恵美』説を意外と信じてる方で、
なので名前も『千恵ちゃん』にしてみましたw
以前書いた短編(上にログ貼ってある)のおかーさんのキャラが結構気にいっちゃったので、
そのまま『ちなちさ』にも出しちゃったって感じです。
私の中のイメージでは、ちょっと変かもしれないけど『鳥居みゆき』さんを
もっとマトモにした感じで書いてるんですけど、
以前キャストを考えてくれた方、どうですか?

>>128さん、>>129さん、レスありがとうございます。
とりあえず2人は読んでくれてるってことですよねっw
これからもよろしくお願いします!

135 :ねえ、名乗って:2008/05/24(土) 00:11:15 ID:azMGyjp90
新作よかったです!
千奈美ちゃん家はなかなかオモロいですね(笑)
まだまだ読み続けますので続き待ってます!

136 :ねぇ、名乗って:2008/05/24(土) 02:53:45 ID:izlHOmcMO
千奈美が悶える話キボンヌ

137 :ねぇ、名乗って:2008/05/24(土) 03:34:44 ID:6xISL/0GO
>>136
こちらへどぉぞっ

http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1211011802/

138 :ねぇ、名乗って:2008/05/24(土) 07:53:05 ID:V9cOrwJNO
今回マヂオモローです!!
続きもメッチャ気になります!
これからも頑張ってください♪

139 :ねえ、名乗って:2008/06/01(日) 03:02:32 ID:nBe2q7Dl0
新作まっちょります!

140 :ねえ、名乗って:2008/06/09(月) 01:36:59 ID:MlFRssIW0
新作期待してます。

141 :ねぇ、名乗って:2008/06/17(火) 20:52:52 ID:NlN4plgVO
あげておこう

142 :ねぇ、名乗って:2008/06/18(水) 16:45:21 ID:NyxAyurMO
千奈美はオネショをしてしまい涙ぐみました。
通学電車の中でもオネショの事がばれないか心配でした
たぶんまたショーツがまっきっきになってるかも
千奈美はため息をつくとオネショが治るように神さまに願いました

143 :ねえ、名乗って:2008/06/23(月) 23:27:00 ID:wa2XYQ4/0
小咄さん新作まだ〜?

144 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/06/24(火) 20:32:54 ID:xVH1YdqZO
ゲッ、気づいたら前回の更新からもう1ヶ月も経ってる…
>>143さんをはじめ、読者の皆様本当に申し訳ありません。
やっと仕事が落ち着いたと思ったら大アクシデント発生で、
未だにてんてこマイマイの毎日なのです。

しかしそれも今週いっぱいくらいで何とかかたがつきそうなので、
来週には更新できるんじゃないかな、って感じデス。

ホントの事を言うと、私の頭の中ではこの物語は結末まで出来上がってるんです。
(ラストシーンとかもう書き上がってたりするしw)
なので話に詰まってる訳じゃないですからねっ。
時間に余裕ができたらドンドン書きますので…

145 :ねぇ、名乗って:2008/06/25(水) 08:59:07 ID:PCZ0yX9tO
僕は待ち続けます!!

146 :ねえ、名乗って:2008/06/29(日) 23:27:49 ID:15E68GaP0
頑張って下さい!!!

147 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/07/04(金) 23:12:53 ID:5p00f93fO
すみません今書いてマス
もうちょっと待ってて下さい〇| ̄/_

148 :ねえ、名乗って:2008/07/08(火) 01:30:11 ID:SnfSEw+y0
がんばれ小咄さん!

149 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/07/09(水) 19:07:22 ID:+nEQJNkCO
遅くなってすみません;
たぶん今日の夜には上げます。

それまでコレでも読んで暇つぶして下さい。

http://changi.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1215444154/54-55

気分転換に狼の妄想スレに書いたもんで。
気分転換ばっかしてねぇでさっさと続き書けよっ…とか怒られそうですね。
ホントすみませんorz

150 :松輝夫:2008/07/09(水) 21:50:29 ID:b+HQ3uNi0
小咄さんの今までの作品、とても楽しく読ませていただきました。
今回の狼の作品も、以前書かれていた佐紀ちゃんのお兄さんを巡る話も好きですね。
自分も羊で話を書いているのですが、行き詰ったところで小咄さんの作品を読んでまた頑張ろうという気になった次第です。
小咄さんも作品の続き、頑張ってくださいね。

151 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/07/10(木) 01:02:18 ID:OSe4FQueO
ホームルームの後、宿題をハリセンの所に持って行ったちなみを、俺は校門の前で待っていた。
今朝の騒動以来、なんとなく心の中にもやもやした「何か」が引っ掛かっているような、そんなもどかしい
気持ちとは裏腹に、真っ青な空に浮かんだ太陽は他の何にも邪魔されることなくその光を地上に叩きつけてくる。
じりじりと照りつける真夏の日差しは、慢性的な睡眠不足に陥っている俺からまるで腹を空かせた餓鬼のように
容赦なく体力を吸い取っていくような、そんな被害妄想にも似た感情さえ湧き上がってくる。
俺は頭上の太陽を目を細めながら忌々しく睨みつけると、じっとりと滲んだ額の汗を袖口で拭った。
とりあえず何かに寄りかかれる場所を探そう…。そう思って辺りを見回していると、背後から車の急ブレーキ音と共に
誰かが俺に声を掛けてきた。
「千里ク〜ン! ちょうどいいや送ってあげるっ」
なにげに振り返ると、まさに「もやもやの発信元」であるちなみの母さんが、ちょうどちなみを迎えに来たところらしい。
「ああどうも。 多分もう少ししたらちなみも…」
そこまで言ったところで、思わす俺は絶句した。
驚くのも無理はない。ちなみの母さんときたら、まるでボンバーヘッドみたいな寝ぐせに服はパジャマのまま。
そんな格好で片手にカールの袋を持ったまま俺に向かって手を振っているのだ。
「あぁこれ? あんたらガッコ行った後また寝ちゃってさぁ、起きたらもう12時過ぎてんの。」
「だ、だからってそんな格好で…」
「あれっ、そんなにヘン? …まぁパジャマはあたしのユニフォームみたいなもんだからさっ。
 気にしない気にしない! あははははっ」
けらけらと笑いながら事も無げにそう言い放つちなみの母さんを、俺は呆気に取られて見つめるしかなかった。
…まさに「この親にしてあの娘あり」だ。

152 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/07/10(木) 01:04:39 ID:OSe4FQueO
「だってバタバタだったからさぁ。あのコ今日から大阪だってのに荷造り一つしてなかったんだよっ。
 今日入れて3泊4日分の荷物、服とか靴とか、そうそうパンツとかもっ。 …千里クンも見る?」
「っ! …は、はぁ?」
予期せぬ台詞に思いっきり動揺した俺だが、そのことを悟られないように必死のポーカーフェイスを決め込むと、
傍らでニヤニヤ笑っているちなみの母さんと目が合った。
「あのコ、最近マセてきちゃってさぁ、結構カワイイパンツ穿いてんだよっ。レースぅ〜!とか、花柄ぁ〜!とか、
 いきなり赤っ!とか、おしり半分出てるぅ!ってのとかさ。 ほらほら、見たくなってきた?」
真っ直ぐに俺の瞳を見つめながら、冗談か本気か解らないようなことを平然と言ってのけるちなみの母さん。
思わず目をそらしながらも、俺の頭の中では、以前ちなみのTシャツの隙間から垣間見えた薄い紫のブラや、
今朝目と鼻の先ほどの距離で見たちなみの寝顔や、夢と現実の狭間で感じたちなみの柔らかな肌の温もりが
霞がかった意識の中からまるで堰を切ったように溢れ出て来た。
慢性的な睡眠不足と猛暑にやられた俺の理性は、もはやノックダウン寸前。
思わず心の声が口を吐いて出る。
「ううっ、…ちょ、ちょっとだけ」
ちなみの母さんがニヤリと微笑む。
目を細めてイタズラっぽく笑うその仕草はちなみそっくりで、それを見た俺は途端に正気に戻った。
「いや、今のは、その…」
慌てて言い訳をしてみるが、勿論あとの祭りだ。体中から余計に汗が噴き出す。
と、その時、ちなみの母さんの視線が、俺を素通りしてどこか後ろの方を見ているのに気づく。
俺は無意識にその視線を辿ってみた。するとその先には…

仁王立ちで俺を睨みつけているちなみの姿があった。

153 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/07/10(木) 01:06:26 ID:OSe4FQueO
最近伸ばし始めたちなみの前髪が、遥か頭上から降り注ぐ太陽の光に照らされて、ちなみの目元に
暗い影を落としている。
その華奢な肩が微かに上下しているのは、ここまで駆けてきて息を切らしているのか、それとも
怒りで体を震わせているのか、冷静さを失った俺には俄かに判別し難い。
いつもはなだらかに下がった目尻を、これでもか、と言わんばかりに吊り上げたまま、ちなみは
無言のままこっちへ向かって大股に歩いてきた。
「な、なんだよお前… いつからいたんだよ?」
そんな俺の言葉を無視して、ちなみは助手席のドアに手を掛けた。
「な、なぁ …冗談だって! そんな、俺がお前のパンツ見たいだなんて…」
「ちさとのバカっ!」
突然、火がついたように声を荒げた、そのあまりの剣幕に思わず後ずさりしてしまう。
「バカ! どスケベ! ヘンタイ! もうあんたなんか知らないっ!!!!」
そう言うなり、思いっきり助手席のドアをバンッと閉める。
「ちぃちゃんそんなに怒んなくても〜 千里クンだって男の子なんだからさぁ〜♪」
「もーおかーさんも悪いんだからねっ あたしそんなエッチなパンツ持ってないしー」
「あれっ、そうだっけ? …そっかそっか、ちぃはまだクマさんやイチゴのパンツだったか」
そう言いながらぺちぺち額を叩くちなみの母さんを見て、俺はやっと気づいた。
…はめられた、と。

154 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/07/10(木) 01:08:08 ID:OSe4FQueO
「もーバカぁ! そんなことないってばぁ!!」
ムキになって否定するちなみと、呆然とその様を眺める俺。そんな2人の視線が不意に重なり合う。
汗ばんだ小麦色の頬がほんのりとピンク色に染まり、潤んだ瞳で見つめられた俺は、思わず息を呑んだ。
「あ、あの… そう、どうだったんだ? 宿題は…?」
その言葉に一瞬瞳を輝かせたちなみだったが、すぐにまた憮然とした表情に戻る。真っ直ぐ前を向いたまま…
「ほらっ、千里クンも早く乗りなよっ」
「あ、いや… 俺は…」
そう言いながらちらっとちなみの横顔を盗み見ると、完全に無視を決め込んでいる。
「あっそう じゃ、もう行くよっ はやくしないと新幹線に乗り遅れるぅ〜!」
「…ちょっとまってっ!」
突然声を張り上げると、俺の顔を深々と覗き込むちなみ。
「もう、ちさとってほんっと鈍感っ」
「…なにが?」
「なにがって、ダメだったら大阪なんて行けるわけないでしょ!?」
「ほらっ、もう行かなきゃ! じゃね〜千里クン」
ちなみの母さんの、カールで口の中を埋め尽くされてくぐもった声と共に、車のエンジンがうなりをあげた。
「おい! それってどういう…」
遠ざかる車の窓に向かって大声で呼びかけると、窓からひょっこりと顔を覗かせたちなみは、
満面の笑みで大きなVサインを作って見せた。
それは真夏の空に燦燦と輝く太陽よりも眩しい笑顔だった。

155 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/07/10(木) 01:45:34 ID:OSe4FQueO
大変お待たせしました ^_^;
やっぱり1ヶ月のブランクは大きかった!
頭の中のイメージがなかなか文章にならなくって、
ついついイーッてなっちゃうこともしばしばw
これからは忙しくても書く習慣をつけようと思います。

ところで、今回の更新で「ちなちさ」が41,000文字を超えましたっ!
原稿用紙に直すと100枚以上‥‥ よくもまぁこんなに書いたモンです。
(面白いかどうかはともかくw)
話的にはこれで2/3くらいですかね。
これからなんかくちゃくちゃになっていく予定ですw

最後のシーンのちなピースイメージ
http://toromoni.mine.nu/up/files/data/24/toro24985.jpg
http://toromoni.mine.nu/up/files/data/25/toro25192.jpg
キャワ!! ですよねぇ
皆さんどっちが好きですか?

>>150さん
どっかで見たコテだなぁと思ってたら、「3年B組」の作者さんでしたねっ。
誉めていただいて恐縮デス‥‥
お互いガンバりましょうねっ。

>>142さん
なんかもっと読んでみたいデス。
良かったらまた何か書いて下さいねっ。
(エロは御遠慮したいですけどw)

その他レス下さった皆さん、いつもホント有難うございます。
これからもよろしくお願いします。

156 :ねぇ、名乗って:2008/07/10(木) 12:05:39 ID:9sdBMkl0O
いや〜今回も面白すぎます!!是非また更新してください♪楽しみに待ってます(≧ω≦)b

157 :松輝夫:2008/07/10(木) 22:07:44 ID:FORF8caO0
>>155
まあ、作家なんて呼べるものではありませんが、小咄さんが自分の名前をご存知とは思いませんでした。
今回の更新分もいいですね。GJです。おつかれいなでした。
ちなみの笑顔は自分も好きです。二枚の画像はどちらもいいですけど、敢えて言うなら前者の方ですかね。
しかし、自分との技量の差を痛感・・・越えられない壁があるなぁ。

158 :ねぇ、名乗って:2008/07/13(日) 14:20:12 ID:4aUBQBz70
千奈美の母ちゃんいい味出してんなあ
これからも目が離せないですね!
楽しみに待ってます!!

159 :ねぇ、名乗って:2008/07/28(月) 01:23:52 ID:CXFJJ21x0
まだかな?

160 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/08/03(日) 15:01:05 ID:0DizQ28tO
「夏休み」とは、「夏」に「休む」と書く。 当たり前の事だ。
しかしこの時期、本当の意味での「夏休み」を過ごしている中学3年生が、
はたしてこの日本中に何人いるだろうか?
「…なぁ、勇次」
そして今、俺の目の前にも、この長い夏休みに休もうなんて露ほども思っていない奴が約1名いる。
「…ああ?」
「そろそろ帰らねぇか? もう…」
――キンッ
恐る恐る続けようとした言葉は、金属バットが響かせる乾いた打球音に、いとも簡単にかき消されてしまう。
「なんだって?」
まるで気のない返事を返してくる勇次に、思わず俺も立ち上がって奴の顔を覗き込んだ。
「…もう暗くて何も見えないんですけど! ゆ・う・じ・く・ん!!」
「へっ? …あれっ、他の奴らは?」
俺の言葉でやっと我に返った勇次は、おもむろに周りを見渡してすっとんきょうな声を上げた。
「…もうみんな帰ったよ」
夏の大会、当然の如く俺は試合には出れなかった。
皆はよく頑張って準決勝まで駒を進めたが、あの因縁の北中相手にまたもや苦汁を飲んだ。
まぁこの下りは話せば長くなるのでここでは割愛するが、とにかく俺達の夏は終わった。
終わった筈だった。
ゲームセットの後、力なくうなだれる者、思わず涙ぐむ者…、それぞれがそれぞれの想いを胸に感傷に浸っていた
その時、ただ1人明るい顔の勇次が皆に向かって叫んだ。
「よしっ、次は秋の新人戦だな!」
その言葉に、皆ははっと顔を上げた。
「お前らにはなんとしても北中に勝って貰わないと、俺達ぁ悔しくて卒業なんかできねぇぞ!」
「「センパイ…」」
側で聴いていた俺まで胸が熱くなった。 勇次の奴、俺よりキャプテンらしい真似を…。
だが、そんな感動の場面もそこまでだった(少なくとも俺にとっては)。
「いいか? 明日から新人戦に向けて練習だ!
 俺とキャプテンが夏休み中しごいてやるから、みんな覚悟しとけよ!!」

161 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/08/03(日) 15:04:17 ID:0DizQ28tO
薄暗い中を恐る恐る進み、やっとのことで部室にたどり着くと、ドアの中は毎度の事ながら
むせ返るような男臭さで充満している。
「まったく、家に居たくないからって俺まで道連れにするんじゃねぇよ!」
俺はうんざりしながら足元に散乱しているゴミやマンガ本を足で跳ね除けると、ベンチに深々と腰を下ろした。
「なんだよ お前んちだって『勉強!勉強!』ってうるさいんだろ? 丁度いいじゃねぇか」
勇次は自分が脱いだ靴下の匂いを嗅いで顔をしかめながら、平然とそう言い放つ。
「その代わり家に帰ったら居場所なんかねぇんだけどなっ はっはっはっ!」
そう言って屈託なく笑う勇次を、俺は少しだけ羨ましい思いで見つめていた。
これまでいったい何度、こいつのこの明るさに励まされ、そして助けられてきただろう。
「なぁ千里 お前どこの高校行くかもう決めたか?」
「んあ? …いや」
「もちろん野球の強い高校に行くんだろ? なんたって高校だぜ? 甲子園目指せるんだぜ!?」
「…そうだな 夏休み終わってから考えるか」
俺は言葉を濁した。 勇次には伝えなければいけない事がある。 しかしそれを切り出すのが怖い。
何より、もう少しの間だけ、この…まだ生暖かい「夢の続き」に身を浸していたいんだ。

162 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/08/03(日) 15:06:37 ID:0DizQ28tO
部室の明かりを消すと、体育館の裏は携帯のライトで足元を照らさないと歩けない程の暗さになっている。
もう誰もいない部室の並びに、無言のまま歩みを進める俺達。 2人の足音だけが異様に響く。
「今日、千奈美ちゃん何処だ?」
勇次がおもむろに口を開いた。
「…静岡」
「いつ帰ってくるんだ?」
「確か、この後大阪行って、北海道、仙台… いや、仙台北海道だっけ?
 とにかく、9月にならないと帰ってこない」
「そっかぁ〜 寂しいな、お前さん♪」
俺を慰めようとしているのか、勇次は声色を変えておどけながら俺の両肩を揉んでくる。
「…その代わり、夏のツアー終わったら遊園地に行こうって誘われてる」
「なぁ〜にぃ〜!? やったじゃん千里! 2人っきりでデートかよぉコノコノぉ!!」
「あ、いや、熊井ちゃんも入れて3人なんだけど」
そう言った途端、勇次の手の動きが止まる。 次の瞬間、あれっ?と思う間も無く、もの凄い力で俺は
勇次の方へ振り向かされた。
「っ! …ってぇなぁ なんだよ突然」
突然のことに驚いて携帯のライトを向けると、いつになく真剣な表情の勇次が暗がりの中に浮かび上がる。
「頼む! 千里!!」
「…何が?」
「お、俺も一緒に連れて行ってくれ!!」
「はぁ?」
「俺、1度でいいから生で熊井ちゃんを見てみたいんだぁ!!」

163 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/08/03(日) 15:10:09 ID:0DizQ28tO
また更新遅くなってスミマセン。
BUBKAショックでしばらくうpする気になれなかったもので…。
次は2〜3日中に上げます。

164 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/08/07(木) 01:22:39 ID:TzR1+pTWO
残り少なかった夏休みはあっという間に過ぎ、気がつけば明日からまた学校が始まる。
最後の部活を終え夕方過ぎに帰宅した俺は、家の中の雰囲気が何故かいつもと違うような気がして、
小首を傾げながらリビングに足を踏み入れた。
いつもは口やかましい母ちゃんも今日は何も言わないし、父ちゃんも今日はまだ酔っ払っていない。
何より、2人ともまだ夕食を食べてないし、メニューがいつもよりちょっとだけ豪華な気がする。
「やれやれ、やっと帰ってきたよ今日の主役が」
「おう、それじゃ始めるとするか」
「ちょ、ちょっと待てよ 何を始めるんだよ?」
当たり前のようにそんなことを言う父ちゃんと母ちゃんに、訳も解らぬままそう尋ねると、
母ちゃんは俺の顔をまじまじと見つめて、やがてけらけら笑い始めた。
「ほら見ろ父ちゃん、やっぱりこの子忘れてたよ」
「はぁ? だから何が」
「バ〜カ、今日はお前の誕生日じゃねぇか」
父ちゃんはそう言いながら、俺の頭を両手でくしゃくしゃっと撫でた。
すっかり忘れていた。 今日は9月2日―――俺の誕生日だ。
夏休み中に誕生日を迎えたのは恐らく生まれて初めてだ。 今年は暦の関係で明日が始業式だから
全く意識していなかったし、それに他に考えることがありすぎる。
祝ってくれることが嬉しい気持ちも無くはないが、それを表に出すのが少し面映い気がして、
父ちゃんにくしゃくしゃにされた髪の毛に手櫛を入れつつ、仏頂面のまま席についた。

165 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/08/07(木) 01:26:56 ID:TzR1+pTWO
甘い物が苦手な俺の為に、いつものようにケーキのようにデコレーションしたアイスクリームに
ロウソクを突き刺しながら、母ちゃんは柄にも無くしんみりした声で呟いた。
「あんたももう15か… 早いもんだねぇ」
ふと隣を見ると、父ちゃんまでが何故か感慨深げに頷いている。
…こういう空気は正直苦手だ。
「そうかな? 俺は結構長かったけど」
「ちさと、お前知ってるか? 昔はな、男は15歳で『元服』、今で言う成人式をしたんだ」
「…だから?」
「つまり、お前は今日から立派な大人ってことだ」
「なんだよそれ? いつの間にウチは江戸時代にタイムスリップしたんだよ」
「まぁいいじゃねぇか …それより、この前言ってた事、あれ本気なのか?」
「そうだよ 江藤先生に聞いたんだけど、あんた県内じゃ結構名が通ってるらしいじゃないか
 あたしゃ知らなかったよ」
灯りが落とされた食卓には、真っ白な小山の上にオレンジ色の炎が15本、陽炎のようにゆらゆらと
揺らめいている。
「ま、お前がそう決めたんだったらそれでいいんだけどな」
うすぼんやりとした視界の中、母ちゃんは相変わらず神妙な面持ちで、父ちゃんはいつもの能天気な笑顔に
戻ってロウソクを見つめている。
「…ああ」
俺も暫くの間、憑かれたようにその灯りに眼を奪われていたが、やがて思い切りその炎を吹き飛ばした。
すえたようなロウソクの残り香と細い煙の筋が立ち上り、窓から差し込む僅かな光に白い影を落としている。
薄暗い中に辛うじて見える父ちゃんと母ちゃんに向かって、俺はちょっとだけ笑ってみせた。
「もう決めたんだ」

166 :小咄 ◆sjehs7tfE6 :2008/08/07(木) 01:29:47 ID:TzR1+pTWO
今日はここまでです。
次の更新にはちなみも出てきますので。

167 :ねぇ、名乗って:2008/08/07(木) 17:10:38 ID:jd//CxIl0
乙!

168 :ねぇ、名乗って:2008/08/10(日) 14:17:02 ID:bwAB5fZG0
wktk

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